よみタイ

ふと、20年振りに誰かに髪を切ってもらいたくなったのだ。美容大好きおじさん、ドキドキの1000円カットへ!

 「では失礼します」と、いよいよバリカンの刃が入ってくる。どこか新鮮でありつつ、とても懐かしい感覚。子供の頃は近所の理容院でこんな感じで切ってもらってたのかな。よく思い出せない。自分でバリカンを使うのとはまったく違う角度で頭皮に当たる刃の感触がこそばゆい。スピード重視のため、よけいな会話は一切せずに作業は淡々と進む。
 一通り剃り終わったあと、長さにムラがないかをチェックするため、私の頭を上下左右に掌で乱暴に撫でまわす。ああ、なんて心地いいんだ。犬や猫が人間に頭を撫でてもらって喜ぶ気持ちが少しわかるぞ。
 家族、恋人、友人のような気心が知れた関係ではない、今日初めて会った理容師の兄ちゃんに触られているというのに、なぜかちょっと安心する。こんなおじさんの頭を撫で撫でしてくれてありがとう。

 という感じで、ものの10 分程度で作業は終了。噂にたがわず短時間で綺麗な坊主頭を仕上げてくれた。

「1000円カット」後の正面。
「1000円カット」後の正面。
「1000円カット」後の後頭部。
「1000円カット」後の後頭部。

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 写真で見ると、自分で剃ったときと特に変わらないように見えるかもしれないが、耳の周り、襟足の辺りの生え際など、細かい部分の仕上がりが全く違う。20年もの長きにわたり、自らの手で髪の毛を刈ってきた私の技術だってそこそこのもんだとばかり思っていたが、やはりプロの手には敵わない。降参だ。認めよう、お前は立派な「龍の理容師」だ。

 先ほどまでは、しょぼくれた顔で鏡に写っていた私の顔が、今では少し微笑んで見える。
 抑揚のない「ご来店ありがとうございました」という言葉を背に受けながら、意気揚々と店の外へ。切った髪の毛の重さよりも体が軽くなったような気がするのは、長年抱え込んできた美容室の呪縛から解き放たれたからに違いない。

 よし、決めた。これからも2か月に1度ぐらいの頻度で1000円カットに足を運ぶことにしよう。髪を整えることより、頭を撫でてもらうことの方が目的だというのは、ここだけの内緒である。

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

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当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は9月24日(日)配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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