よみタイ

日本酒美容法で体の芯からポッカポカ! 幾夜も酒に溺れ、人生を狂わされた男がようやくたどり着いた“お酒とのおいしい付き合い方”

 閑話休題、話をお風呂に戻そう。

 体が充分あたたまったところで、最近読んだMEGUMIの美容本にも書いてあった酒粕マッサージを試してみる。お風呂に浸かって柔らかくなった肌に、近所のスーパーで買ってきた酒粕をひとつまみしては塗り塗り、ひとつまみしては塗り塗りと全身くまなく塗り込んでいく。
 菊正宗の入浴剤と同じく、酒粕からもお酒特有のツンとくる匂いが立ち昇るが、これもこれでいい。なんだか自分の体が粕漬けされてるような錯覚に陥る。染みろ~染みろ~体の芯まで染みわたれ~。
 あまり時間を置かず、体についた酒粕をシャワーで洗い流す。ボディシートや冷感スプレーを使ったときの過度な爽快感とは違い、程よくちょうどいい爽快感がなんともたまらない。確かにこれはクセになる。スーパーだけでなく、街の酒屋さんで売っているもの、いろんなお店の酒粕を試してみたくて仕方がない。
 
 さて、全身がスッキリしたところで、お待ちかねの酒粕パックを顔に塗りたくる。泥パックのように丁寧に広げ、顔一面を酒粕で覆い尽くす。十分から十五分ほど放置して水で綺麗に洗い流す。もうここまでくるとお酒を飲むよりも、お酒を身体に染ませる方が楽しくなってくる。

酒粕パックをする筆者
酒粕パックをする筆者

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 湯船に肩まで浸かり、再び思いを巡らせる。本をあまり読まない私が、初めてちゃんと読めた本、自分も何か文章を書いてみたいという気持ちになった本、私の運命を変えてくれた本のことを思う。それは、アルコール依存症患者の入院生活を作者の実体験をもとに赤裸々にユーモアに描いた、中島らもの「今夜、すべてのバーで」である。
 文庫本がボロボロになるまで何度も読み返し、自分もこの本の主人公のようなだらしないけれど、どこか人間味溢れる格好良い酒飲みになりたいものだと、そんな青臭い思いを何度馳せたことかわからない。
 私は中島らもにも、チャールズ・ブコウスキーにもなれなかったが、それでよかった。人間は自分にないものをもった人物に憧れる生き物なのだ。私には最初から向いていなかっただけの話だ。
 ステキな酔っ払いになれなかった私は、お酒の成分を自分の体に染みこませて美しくなってみせよう。
「うまい酒ってのはただ飲むだけじゃない、うまい酒ってのは美容にもいいもんさ」
 酒にではなく自分の美しさに酔いしれるような、ちょっとナルシストな人生をこれからは楽しもう。それが私がたどり着いた〝お酒とのおいしい付き合い方〟なのだ。なんてことをシラフで思ってしまうのだった。

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

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当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は9月10日(日)配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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