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ブームにしばしのお別れを。電気風呂にミニプール、サウナだけじゃない銭湯の楽しみ方

爪切男、四十にして惑う?
ドラマ化もされた『死にたい夜にかぎって』で鮮烈デビュー。『クラスメイトの女子、全員好きでした』をふくむ3か月連続エッセイ刊行など、作家としての夢をかなえた著者が、いま思うのは「いい感じのおじさん」になりたいということ。これまでまったくその分野には興味がなかったのに、ひょんなことから健康と美容に目覚め……。

前回は子供の頃からずっと苦手だった「こんにゃく」が美容生活に関係してきたエピソードでした。
今回は、銭湯。サウナと銭湯を長く心から愛している著者にとって、昨今のサウナブームに思うことはありつつも、サウナ以外の新しい楽しみ方を見つけたようです。

(イラスト/山田参助)

第25回 ビギナーもマニアも苦手です。私はただの銭湯大好きおじさんでいたい

 ここのところずっと銭湯ならびにサウナが楽しくない。
 多いときは週に5日のペースで近所の銭湯に通い詰めていた私が、そんなことを思う日がやってくるなんて。まあ、ちょっとした予感はあった。過熱の一途をたどるサウナブームにより、普段は銭湯に見向きもしなかった人々、とくに二十代の若者が束になって押し寄せるもんだから、行きつけの小さな銭湯でさえ、連日ちょっとしたお祭り騒ぎになっている。
「おい、兄ちゃん、こちとら十年もここに通う古株だぞ! 静かに風呂に入りやがれ!」とマウントを取るつもりはないのだが、漫画やTVの受け売りで「これが〝整った〟ってやつか~」と得意満面に言われた日にゃあ、隣で聞いているこっちの顔が真っ赤になってしまう。
「おい、兄ちゃん、風呂やサウナに入ってもな、苦い思い出も借金も減りはしないんだ。何も整っちゃいないんだよ。何も整わないことがわかっているのに、いつか整ったらいいなぁと叶わぬ夢に思いを馳せて絞り出す『整った~!』が本当の整ったなんだよ」とお説教の一つでも垂れたくなる。

 これはアレだ。Jリーグが発足した1993年の大狂騒と同じだ。「オ~レ~オレオレオレ~♪」と応援歌を叫びながら、手首には大量のミサンガを巻き、見様見真似のカズダンスを踊るにわかサッカーファンが世の中に溢れ、Jリーグカレーを食ったまさお君がラモス瑠偉に変身していたあの頃と全く同じだ。あのバカ騒ぎを経験した人のうち、いったいどれくらいの人が今もサッカーを応援しているのだろうか。

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 と、つらつらと文句を書いてはみたものの、新規参入者であるビギナーさんを冷遇したいわけではないのだ。かの新日本プロレスの元オーナー木谷高明さんの言葉で「全てのジャンルはマニアが壊す」という名言がある。
 どのジャンルにおいても、一部の古株が自分たちの居心地の良さを守ろうとして、新規のファンを排除する。そんな面倒なマニアの手によって、ジャンル自体の発展が妨げられていく、という意味の言葉である。
 確かに一理ある。新規参入者が入ってきやすい雰囲気を作っていかなければ、業界自体が潤うことはない。流行りの異業種交流イベントなんてもんは、それを狙って開催されているのだし。
 たとえ今は景気が良くてもブームが過ぎ去ったあとに閉店を余儀なくされる銭湯だって出てくることだろう。サウナと銭湯を心から愛しているからこそ、ここは寛大な心で新規参入者を受け入れよう。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。サウナという楽園を、未来ある若者たちに喜んで譲ろうではないか。それに、一旦距離を置くことでしかわからないサウナの良さというのもあるだろう。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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