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日焼け止め、たくさん塗って、すこ~し泣いて。おじさん、日焼け止めはじめました

 主な紫外線対策としては、日焼け止めを塗る、日傘、帽子、ストールなどで紫外線を防ぐ、紫外線の強い時間帯には外出えお避けるいったものが挙げられる。
 まずは基本に忠実に、近所のドラックストアに日焼け止めを買いに行く。無難にスタンダードな日焼け止めクリームを買い物かごにイン。でもせっかくなのでもう少しいろいろなタイプのものを漁ってみたい。グミを買ったらチョコも買いたい、チョコを買ったらガムも買いたい。遠足のおやつを選ぶ子供のようにおじさんの心は高揚感に満ち溢れているのだ。
 春夏秋冬、四季を問わず坊主頭の私は、頭皮にも使用できるスプレータイプのもの、さらには首回りなどに手軽に塗れるスティックタイプのものも購入した。

 さて困った。買ったら買ったで、すぐにでも日焼け止めを試してみたくて仕方がない。この激しい衝動はいったいなんなのか。家に帰るまで我慢ができない。デパートやスーパーなどの利用客の多いトイレは恥ずかしいからダメだ。ひとっけの少ないトイレを探し求めた結果、小さな公園の中にある公衆トイレを発見。
 辺りの様子を伺いつつ、私は買ったばかりの日焼け止めクリームに手を伸ばす。場所が場所だけに、なんだかイケナイコトに手を染めているみたいな気分だ。
 本来日焼け止めとは、洗顔後に化粧水と乳液を付けたあとにつけるもので、外出の直前ではなく三十分前ぐらいにつけるのがベストらしいが、そんなことは気にしない。私の人生で初めてやってきた「いつやるか? 今でしょ」のタイミングを逃すわけにはいかない。

 注意書きに従い、おでこ、あご、両頬、鼻、眉間、髪の生え際、首までしっかりとクリームを塗ってみる。なんか薄いな。これでは心もとない。もうちょっと、もうちょっとだけと塗りたくるうち、鏡の前には顔中白塗りになった坊主頭の男が一人。私は山海塾にでも入るつもりか。洗面台で顔を洗い、今度は適量で我慢することに。
 初めて塗った日焼け止めの感触。思ったほどベタベタもしなくていい感じだ。心地のよい人肌の温度のバリアに包まれたかのような安心感がある。
 さあ、新しい世界への船出だ。トイレの外へと一歩足を踏み出す。五月だというのに気温三十度を超える夏日の紫外線が矢のように突き刺さる。嫌気が差すぐらいの強い日差しのはずなのに、何だかとても心地いい。なんだろう、この不思議な安心感。何かに守られているのってこんなに落ち着くものなんだな。
 照り付ける日差しの中、公園のそばの定食屋の壁に「冷やし中華はじめました」と書かれたポスターがあった。それを見た私は心の中で思う。「おじさん、日焼け止めはじめました」と。
 そして、街を行き交う人を眺めながら思う。彼らも、彼女たちも皆それぞれに紫外線と闘う戦士たちなのだと。外出前、時間をかけてメイクと日焼け止めをバッチリ決めて、日々の生活を頑張っている戦士たちよ。心から尊敬します。今日からおじさんも紫外線との戦争に参加します。戦友として、共に勝利を目指そう。
 そして今度は口に出してつぶやく。「おじさん、日焼け止めはじめました」と。

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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