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落とせ! 何を? 角質を! かかとガッサガサおじさん、人生初のフットケアに挑戦

 さて、話はフットケアに戻る。
 フェイスパックならぬ足専用のフットパックなるものも試してみた。ピーリング液が入った足袋状の袋の中に、靴を履くような感覚で足を差し込み、そのまま1時間ほど浸す。これだけで頑固な角質の除去に効果が出る。事実1週間もすると、まるでヘビの脱皮のように足の裏の皮がずるりと剥ける。ホラー映画が苦手な人なら卒倒してしまうようなエグい画になるので注意が必要である。

 そういえば昔、ドクターフィッシュが体験できるスパ施設によく通っていた。人間の皮膚(角質)を好物とするドクターフィッシュが大量に泳ぐ水槽の中に足を入れる。すると近寄ってきた魚たちが、汚れた皮脂をひとつ残さず食べてくれるという、嘘のような本当のような医療行為である。
 その頃人生の暗黒期を迎えていた私は、自分の足に群がる魚たちの姿を見て「俺は一人じゃない」「こんな俺でも魚の役には立てているんだ」と自分を奮い立たせていたのを思い出す。あれは治療ではなく立派なセラピーだった。
 多い時は週4ぐらいで通い詰めていたのだが、間もなくしてその店のドクターフィッシュのサービスは終わってしまった。もしかして俺の汚い皮膚を食べ過ぎたせいであの子たちは死んでしまったんじゃないかといまだに気に病んでいる。ごめんよ、ドクターフィッシュたち、あの頃からちゃんと足を綺麗にしておけばよかったよ。

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「あんた、しばらく裸足にサンダルは禁止ね」

 彼女と私の共同生活にまた新しいルールが追加された。彼女曰く、私がプライベートで基本スタイルとしている「裸足にサンダル」は、健康上よろしくないらしい。足の裏から発生する汗が直にサンダルに吸収され、雑菌の繁殖や悪臭の原因になるのだという。おそらく私の足の裏が汚くなった要因のひとつじゃないかというのだ。

 一日中サンダル履きでいられる幸せ。作家になってよかったなと心から思える数少ない喜びのひとつだった。
 どこに行くのもサンダル、ルームサンダルで執筆、取材を受けるのもサンダル、書店巡りもサンダル、サイン会もサンダル。裸足にサンダルを履いていることが、私が作家であるアイデンティティだと思っていたのに。
 というわけで、四十三歳にして〝靴と靴下を履く人生〟を歩み出すことになった。
「靴紐がないタイプの靴を買いに行こうよ。サンダル履きに慣れ過ぎてるから、簡単に履ける靴じゃないとイヤになるでしょ?」
 いつだって私以上に私のことを考えてくれる恋人に心からの感謝を。

 その夜のこと、ベッドで気持ち良さそうに寝息を立てる彼女に近づき、私はこっそりと布団をめくる。そういえば、今まで彼女の足の裏をちゃんと見たことがなかったのだ。小さい頃にバレエを習っていたこともあるのか、カモシカのようなすらっとした足をしている彼女。その足の裏もまた清潔で美しかった。愛する人の足の裏がこんなにも綺麗だったなんて知らなかった。その美しさに神々しさすら感じた私は、足の裏に向かって思わず両手を合わせる。

 外面ばっかりよくてごめんなさい。つまらん意地ばっかり張っててごめんなさい。君の深い愛情にいつも気付けなくてごめんなさい。そして私が殺したかもしれないドクターフィッシュにもついでにごめんなさい。
 キミの足の裏に誓う。もう履かない人生は終わりにする。靴紐のない靴と派手目の靴下を履いて、新しい人生を歩んでいこう。そう、二人一緒に歩んでいこう。私たちならきっと儚い人生など歩まなくていいはずだから。

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は4月23日(日)配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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