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私の人生の全てはこのベランダに繋がっていたに違いない

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 さて、道具は揃った。次は洗濯の方法を見直そう。洗濯の回数をできるだけ減らそうと洗濯槽に入るだけの洗濯物を叩き込んできた野蛮な洗濯にサヨナラを。
 今まで一度も目を向けたことのない洗濯表示のマークを確認する。服ごとに洗い方、洗濯に適した水温、漂白剤の使用有無などが細かく決められているのに今さらながらに驚く。マッチングアプリで相手のプロフィールをつぶさにチェックするときと同じぐらいの集中力で仕分けを完了。いよいよ洗濯開始だ。
 うちのベランダは建物の構造上、風の通り道になっており、洗濯物を乾かすにはもってこいの環境だ。
 洗い終わった洗濯物を次々と物干し竿につるしていくと、柔軟剤のフローラルソープの匂いがベランダいっぱいに広がっていく。掛け布団と敷布団も干して、本日の洗濯大臣の任務は終了である。

 折り畳み椅子に座り、キンキンに冷やしたルイボスティーをクイッとやりながら、ベランダから見上げた空はまさに抜けるような青空だ。
 SNSでそれっぽい空の写真を載せて「今日もいろいろ大変だったけど帰り道の空が綺麗だったから明日も頑張れそう!」なんてつぶやいている奴を見かけたら、空を見る余裕があるならお前はまだ大丈夫だ、人は本当に追い詰められたときには空を見上げる力はないんだぞ、俺はそれを知っている、と説教を垂れたくなる私が、洗濯終わりの青空に心から感動している。まさに心の洗濯も完了したというわけか。

 のどかな休日の昼下がり、大量の洗濯物に囲まれたベランダにて、ふと過去の思い出が蘇る。
 高校生のとき、学校のマドンナと呼ばれるほどに美しかったクラスメイトの女子に「あんたの顔って顔ダニが多そうだよね。私が退治してあげる」とビンタをされた思い出。
 恋にも仕事にも行き詰まり、色欲に溺れ、風俗に出会い系と女遊びにばかり精を出していた三十代の頃、風俗嬢から渡されたタオルがとても柔らかくて、とても優しい匂いがして涙が止まらなくなってしまった日のこと。

 新生活に合わせて購入したセミダブルの布団。きっとこの布団には大量のダニが生息しており、そしてそのダニたちは、まばゆい太陽の光によってどんどん死んでいく。
 風にはためく真っ白なバスタオル。このタオルが乾いたら、それはきっとあの日の風俗のタオルより柔らかくていい匂いがするのだろう。
 そうか、私の人生はすべてこのベランダにつながっていたのかもしれない。そしてこのベランダから、私の新しい人生が始まる。私は、これから続いていく私の人生の全てに期待するんだ。

「カチリ」

 ベランダの中心で幸せを噛みしめる私の背後でイヤな音がした。振り返った先にあっかんべーをする恋人の姿が。どうやらベランダに閉じ込められてしまったようだ。悪戯好きにもほどがあるぞ。
 思わず叫び出してしまいそうなシチュエーションにも関わらず、私の心は凪のように穏やかだ。
 もう少しだけ、このいい匂いのするベランダを独り占めしていたい。子供の頃のように、洗濯物を入れずに洗濯機を回して遊ぶのもいいかもしれない。ジェルボールを分解してみるのも楽しそうだな。

「全然ビビんないから面白くない!」

 やがて、ふくれっ面をした彼女がベランダにやってくるだろう。
 ああ、幸せだ。
 うちのベランダにはたったひとつの愛とたくさんの洗濯物が溢れている。

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は3月12日(日)21時配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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