2023.2.12
メガネ屋嫌いのおじさん、ひとりでメガネを買いに行く
「いつまでもダセえメガネかけてんじゃないよ。あんたにそのメガネは似合わない。とっとと買い替えてきなさい」
付き合い始めた当初から、恋人はことあるごとに私にメガネの買い替えを命じてきた。前述した理由もあり、お茶を濁す感じで数か月のらりくらりと逃げ続けてきたが、いよいよ彼女の堪忍袋の緒が切れてしまった。
「こういう些細なやるやる詐欺が積み重なって〝別れのきっかけ〟になるんだよ! もう無理! 明日メガネを買いに行くか、明日私と別れるか、どっちか選びなさい」
突然の選択〝メガネ or DIE〟
ここは腹を括るしかないのか。いや、来店せずともメガネは買えるじゃないか。全くいい世の中になったものだと、通販でメガネを購入しようとしたところ、「実際に付けてみないと自分に合うかどうかわからないでしょ? それにさぁ、今かけてるメガネっていつ買ったやつ? 全然度が合ってないからしかめっ面ばかりしてるじゃん。もうお互い若くないんだからさ、視界の悪さで事故に遭ってあっけなく死んじゃうなんてこともあるんだからね?」とぶっきらぼうながらも愛のある言葉が矢のように飛んでくる。
彼女の気持ちをこれ以上はぐらかすことはできない。そう悟った私は「いい歳して恥ずかしいんだけど……」と、今まで誰にも話したことのなかったメガネ屋に関する思いをぶちまけることにした。多少口は悪いが、根はやさしい女だ、文句を言いつつもメガネ屋に付き添ってくれるに違いない。そんな打算的な期待を込めて私は語った。
「いや、私は付き合わないよ。自分で一人で行ってこいや甘えん坊」
思っていた回答を得られずうろたえる私に、なおも彼女は言葉を投げつける。
「あんたが一人でメガネ屋に行けないことで怒ってるんじゃないよ。あんたがまだ自分のことをブサイクで汚い男だと思いこんでることに怒ってるんだよ!」
「いやいや、多少はマシになったけど、まだまだ汚いおっさんだろ! 外を歩いててもいまだにちょっと浮いてる気もするし。通り過ぎた人の笑い声なんて聞こえてきたら、きっと俺のことで笑ってんだなって悲しくなってんだよ!」
「そうやって自分のことしか考えてない。そんなあんたの隣にいる私の気持ちは? いい? 一緒にいる私がどれだけあんたを可愛いと思ってても、あんたが自分で自分を好きになってくれなかったら悲しくて仕方ないんだよ! 私のことを好きで、私を否定したくないなら、私が好きなあんたのことを……自分にもっと自信を持ってよ!」
Light my fire
私の心に、いや私の美容魂に火が点いた。私は何をその気になっていたんだ。食生活をちょっと改善したり、寝る前に化粧水をつけりするだけで、俺、美容やっちゃってますけど風のオーラを出していた。苦しいダイエットもせず、元々あった余分な体重が自然と落ちただけでいい気になっていた。同棲を始めてからは、食生活や日々の生活の改善は彼女に任せっきりになっていたじゃないか。そうだ。私は何を甘えていたんだ。私に落ち込む権利などありはしない。やるべきことをちゃんとやってからメガネ屋に勝負を挑もう。
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