よみタイ

自分のにおいを知る旅に出た男が見つけた、素敵な体臭を手に入れるたった一つの冴えたやり方

 この体に染みついた樹海臭をどうにかしなければと意気込む私に、恋人が改善案を紙に書き出してプレゼンをしてくれた。

●樹海臭撲滅計画

1:とにかく換気をしましょう。一日何回も窓を開けて空気を入れ替えること。綺麗な空気を吸わないと健康にもなれません。一回換気をしたら百円のお小遣いを差し上げます。百円を払いたくなるぐらい臭いということをわかりましょう。

2:布団と毛布を買い替えましょう。そして二、三日に一度は布団を干すこと! 布団の汚れは肌の汚れにつながります。あなたの布団と毛布の八割はダニで構成されていることを知りましょう。

3:洗濯のやり方を見直しましょう。洗剤、柔軟剤、干し方の見直し。洗濯機の中の掃除も必ずすること! 服のにおい=自分のにおいだと認識しましょう。洗濯と前戯は丁寧にやってください。

4:お香を焚くのはやめましょう。お香を焚くのは全然オシャレではありません。もう一度書きます。お香を焚くのは全然オシャレじゃありません。お香にインドカレー、あなたインドの人に毎月どれだけのお金を払うつもりですか。

5:私が臭いときも遠慮なく言うこと。

 一生懸命書いてくれたのであろう改善案に目を通しながら私は感動で泣きそうになる。己のため、愛する彼女のためにも私は今の生活を変えたい。内緒で黙って昔の女たちに連絡を取ってごめんなさい。
 とはいえ、今のアパートは空気の流れも悪いし、一階なのでベランダはないし日当たりは最悪ときたもんだ。洗濯機はもう二十年も使っているオンボロなのでガタがきている。お香を毎日焚いていた影響で、部屋の壁、床、天井の全てにお香のにおいが染みついて取れやしない。
 この状況を打破し、彼女の気持ちに応える方法、そんな魔法の方法がひとつある。

「俺、新しい部屋に引っ越すよ。そこに一緒に住もうよ」

 健康と美容と愛を手に入れるため、私は十年以上住んだアパートを巣立つことを決めた。あっけなく決めた。いつだってそうだ。私は女が絡まないと引っ越しをしない。

 さあ、これから始まる新生活の中で、私の体からはいったいどんなにおいが香り立つのだろうか。私と彼女で作り出す生活のにおい。そして彼女に「あなたちょっと臭いよ」と言える日がくること、それが今から待ち遠しくて仕方がない。

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は1月22日(日)21時配信予定です。お楽しみに!

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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