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【全候補徹底取材】街頭演説をする候補は1人。投票率34.67%の広島県知事選挙から学べる、いくつかの大切なこと

選挙戦最終日の湯崎候補の選挙事務所。がらんとした事務所が今回の選挙戦を物語る。(撮影/畠山理仁)
選挙戦最終日の湯崎候補の選挙事務所。がらんとした事務所が今回の選挙戦を物語る。(撮影/畠山理仁)

「ダーウィンが来た!」で声があがる。「選挙あるある」のひとつだ。

11月14日の投開票日。私は19時に広島市内の湯崎事務所に入った。事務所には19時すぎから徐々に支援者たちが集まり、19時40分ごろには来賓用に用意された30席ほどのパイプ椅子が埋まった。しかし、ぎゅうぎゅう詰めというわけではない。

これに先立つ11月13日の夜、私は湯崎英彦後援会事務所の増田和将事務局長に「当日は何人ぐらい事務所に集まるのか」と聞いていた。

「飲食店への時短要請も早くからしていたのに、自分の選挙になったら『さあ解禁だ』というわけにはいきません。だから開票日も積極的に事務所に来てくださいとは言えません。かといって、来ないでくださいとも言えません。非常に難しいですね。開票見守りの様子はオンラインで中継すると案内していますが、当日どれくらいの方がお越しになるかはわかりません」

増田事務局長は不安を口にしていたが、幸いにも当日の会場で大きな混乱は起きなかった。会場を訪れたのは50人ほど。オンラインでの選挙戦は最後まで受け入れられたようだ。

オンラインでの選挙戦は、どうしても有権者との接触機会が限られる。そのため反応がつかみにくい。どれくらい得票に結びつくかもわからない。しかし、従来の選挙戦にはないメリットもあったと増田事務局長は言う。

「こんなにしっかり政策を言えた選挙はこれまでになかったんじゃないでしょうか。従来の街頭演説では10分から15分程度しか話せません。ほぼ『顔見せ』で終わっていましたが、今回は県内23市町を対象とするオンライン集会で一巡できました。その他にも20団体とオンラインで会合を持ちました。みなさんの意見をじっくり聞くことができ、候補者の考えもお伝えできたと思っています。それだけでなく、大学生に協力してもらって、候補者自身が政策について話す動画も28本ほど出しました。有権者は24時間、都合のいい時に見ることができますし、証拠にも残るんです」

19時50分。事務所に設置されたテレビのチャンネルはNHKに合わされていた。NHKが当確を打つまでは湯崎候補が事務所に現れない段取りになっていたからだ。

会場に集ったスーツ姿の男性たちが、じっと座ってNHKのテレビ画面を見ている。だんだん投票締め切り時間が近づいてくる。すると、事務所のスーツ姿の男性たちが一斉に「おおっ」と声を上げた瞬間があった。

当確が出たのか?

いや、違う。時計を見ると、まだ20時前だ。当確が出るには早すぎる。

何が起きたのかとテレビ画面を見ると、ピューマ(アメリカライオン)が獲物を捉える瞬間が映し出されていた。20時に大河ドラマが始まる前のNHKでは「ダーウィンが来た!」という動物番組をやっており、会場の大人たちはピューマの狩りに見入っていた。まさに「選挙あるある」。開票を待つ選挙事務所ではよく見られる光景だ。

4期目の当選を果たした現職の湯崎英彦候補。「ゼロ打ち」だった。(撮影/畠山理仁)
4期目の当選を果たした現職の湯崎英彦候補。「ゼロ打ち」だった。(撮影/畠山理仁)

そして迎えた20時。いよいよ大河ドラマが始まると、テレビ画面に「広島県知事選 現職の湯崎英彦氏 4回目の当選確実」という字幕が出た。会場から拍手が起き、来賓が登壇。湯崎候補も事務所入りしてバンザイが行なわれ、候補者からお礼の挨拶が行なわれた。

その冒頭で、湯崎氏は次のような言葉を残している。

「正直、このコロナ対応の中で県民の皆様に大変なご負担をおかけし続けてきて、本当に自分が支持をされるのか不安なところもございました」

この時点では、まだ開票は始まっていない。しかし、「ゼロ打ち」ということは、事前の情勢調査や出口調査で大差をつけたことは間違いない。湯崎氏は支援者に向けて4期目に向けた決意を力強く話した。

しかし、私には気になることがあった。今回の知事選の投票率は34.67%。前回から3.58ポイントアップしてはいるが、約3人に2人が投票に行っていなかった。

11月15日。歴代知事では最多となる得票で4選を決めた湯崎知事に話を聞いた。(撮影/畠山理仁)
11月15日。歴代知事では最多となる得票で4選を決めた湯崎知事に話を聞いた。(撮影/畠山理仁)

投開票から一夜明けた11月15日の朝。私は広島県庁前で報道陣とともに湯崎知事の到着を待ち受けた。そして湯崎知事に「投票に行かなかった約3分の2の有権者に伝えたいことはあるか」と聞いた。それに対して湯崎知事は次のように答えた。

「投票に行かれなかった理由はいろいろあると思いますが、投票は政治と県民の皆様を結ぶ非常に重要な接点。どういう思いにせよ、投票に行って意思表示をしてもらいたいと思います」

今回の知事選の開票結果は次のとおりである。

【広島県知事選挙開票結果・当日有権者数2,304,302人・投票率34.67%】
湯崎英彦候補 707,371票 (得票率 89.52%)
中村孝江候補 65,212票 (得票率 8.25%)
樽谷昌年候補 17,600票 (得票率 2.23%)

たしかに投票した人たちに限れば、湯崎氏の得票率は9割に迫る勢いだ。しかし、「絶対得票率(有権者総数に占める得票率)」を見ると、次のようになる。

湯崎英彦候補 30.70%
中村孝江候補 2.83%
樽谷昌年候補 0.76%

みなさんはこの数字をどう受け止めるだろうか。

政治家を後押しするのは有権者からの支持だ。政治家はつねに自分が支持されているかどうかを不安に思っている。緊張感を持って政治に向き合っている。その思いに応えるためにも、有権者はしっかり意思表示をしたほうがいいのではないだろうか。

全国の緊急事態宣言が解除され飲食店の営業時間も伸び、取材後に地元グルメを楽しむ機会も増えた。広島名物あなごめし。(撮影/畠山理仁)
全国の緊急事態宣言が解除され飲食店の営業時間も伸び、取材後に地元グルメを楽しむ機会も増えた。広島名物あなごめし。(撮影/畠山理仁)
広島産かきのバター焼き。(撮影/畠山理仁)
広島産かきのバター焼き。(撮影/畠山理仁)
広島名物のひとつ、揚げかまぼこの「がんす」。選挙漫遊の楽しみも戻りつつある。(撮影/畠山理仁)
広島名物のひとつ、揚げかまぼこの「がんす」。選挙漫遊の楽しみも戻りつつある。(撮影/畠山理仁)

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畠山理仁

はたけやま・みちよし●フリーランスライター。1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大学第一文学部在学中の93年より、雑誌を中心に取材、執筆活動を開始。主に、選挙と政治家を取材。『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞(集英社より刊行)。その他、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)などの著書がある。
公式ツイッターは@hatakezo

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