2021.11.17
【全候補徹底取材】街頭演説をする候補は1人。投票率34.67%の広島県知事選挙から学べる、いくつかの大切なこと
立候補の理由は「選挙をやらなければ民主主義は守れない」
選挙で何を争点とするかは有権者一人ひとりで違う。選挙権は大切な権利だから、何を重視して投票するかは自分で決めていい。それと同じように、候補者が立候補する理由も自由である。
今回、独自の問題意識から立候補したのが樽谷昌年候補だった。樽谷候補が選挙に立候補するのは2019年の広島県議会議員選挙に続いて2回目だ。
私が対面でのインタビュー取材を申し込むと、樽谷候補はしきりに「なんで私なんかにインタビューをするんですか?」と恐縮していた。私はその度に、「勇気を持って立候補された方だからです」と説明した。
選挙戦最終日の午前中、私は樽谷候補と広島駅で待ち合わせ、最初に選挙に出たきっかけから聞いた。
「2019年の県議選(定数64)では、(県内23選挙区のうち14選挙区にあたる)6割が無投票でした(※無投票当選したのは28人)。私は『選挙をやらなければ民主主義は守れない』と思っているんです。私が立候補した安芸郡選挙区は、定数3で3人しか立候補しないと報じられたため、『選挙を起こさにゃならん』と思って立候補したんです」
立候補予定者向けの事前説明会には出席しなかったが、無投票になりそうだと聞いて選挙管理委員会に問い合わせをした。そして立候補に必要な書類を受け取ると、必死になって資料を読み込み、選管の人に相談しながら立候補にこぎつけたのだという。
「選挙には誰でも出られるし、選挙はやってみたら票が出る。立候補しないと討論会でも主張できない。選挙は民主的統治の一部です。私みたいな素人が顔を晒して出ることで、後から続く人が出てくれるんじゃないかとも思ったんです」
初めて出た県議選は1525票で落選。しかし、その後も政治に対する問題意識を持ち続け、今回の知事選にも立候補したという。
「私は県民に政治参加をしてほしかったんです。河井夫妻の選挙違反事件では、お金を受け取った県議13人は不起訴でした。政治倫理審査会でも『文書警告』というモヤモヤ感が残る処分でした。この事件は、みじめったらしい中央と地方の権力関係そのものです。今の政治が選挙によって批判の目にさらされなければ、『金権腐敗選挙をなかったことにしようという運動』になってしまう。これは選挙にしなければと思ったんです」
立候補の経緯を淡々と語る樽谷候補はスーツにネクタイ姿の紳士だった。候補者といえば真っ先にイメージする「たすき」もしていなかった。その理由を私がたずねると、「1万5千円もするというので(作るのをやめた)。時間的にも間に合いそうになかった」と正直すぎる答えが返ってきた。
県知事選挙に立候補するためには300万円の供託金が必要だ。それに比べれば1万5千円は安く思える。私が思わず「1万5千円は頑張ってほしかったです」と言うと、樽谷候補は静かな口調でこう答えた。
「私の選挙運動はポスターと政見放送とビラだけです。ハンドマイクを使って演説するのは山の中。自分の工場の敷地内だけです。たすきをして街頭演説するわけでもない。街宣車を回しても、誰が見て、誰が聞いてくれるのか。それならばビラで自分の主張を書いたほうが伝わるんじゃないだろうかと思ったんです」
立候補表明時の記者会見でも同じ説明をしたという。すると、記者たちからは「えー」という反応が返ってきたそうだ。その反応を受けた樽谷候補の言葉は力強かった。
「私はテレビよりもビラを信用している」
さらにインタビューを続けると、もっと驚く言葉が出てきた。
「選挙をするにあたって練習したいなと思って、社民党の候補の選挙カーに乗せてもらったんです」
え!? どういうことですか?
「この前の総選挙の時に、社民党の1区の候補の方に『練習したいんだ』って言ったんです。そうしたら、『サポーターになれば乗せてあげるから』って言われて。それでサポーターになって選挙事務所に行ったら乗せてくれた。マイクも握らせてくれた」
なんということだ。自分から積極的に参加すれば道が拓ける。選挙の現場は本当になにがあるかわからない。チャレンジする前から諦めてはいけない。
「社民党の方からはアドバイスも貰いました。長く話しちゃいけない。短く話しなさい。そして、もっといろんなところを回りなさいと言われました」
選挙に出てよかったと思いますか?
「立候補してからはいいことばかりです。ただ、期待に答えられないのが申し訳ない」
今回の知事選挙で、樽谷候補が獲得した票は17,600票。有効投票総数に対する得票率は2.23%だったため、供託金300万円は全額没収される結果となった。しかし、選挙結果が出た後、樽谷候補はFacebookのメッセンジャーで心境を教えてくれた。
「私の主張は(有権者に)直接なにかの利益をもたらすとは思えないようなものでした。大した働きかけも出来なかったのに、これだけの方々に賛意をいただいたことに感謝しています」