2020.2.17
「選挙の鬼」ではなく「選挙の牛」がいた! あなたは「ミルクおやじ」を知っていますか?
埼玉県深谷市に誕生した「ミルクおやじ」議員
「選挙の鬼」と呼ばれる政治家は何人かいる。しかし、「選挙の牛」は初めてだろう。
2011年4月24日。埼玉県深谷市議会議員選挙(定数26)に、極めて珍しい「着ぐるみの政治家」が誕生した。
名前は「ミルクおやじ」。牛(ホルスタイン)の着ぐるみ姿で戦った候補者は、32人中22位となる1814票で初当選を果たしていた。
このニュースを知った時はさすがに驚いた。覆面レスラーのザ・グレート・サスケ氏が覆面をつけたまま岩手県議会議員(2003年4月〜2007年4月)を務めた例はあったが、「全身着ぐるみの政治家」は前例がなかったからだ。
見た目のインパクトが強烈なだけに、「ふざけている」と思った人も多かった。「一発屋だ」と思った人もいた。
しかし、ミルクおやじが2期目に挑戦した2015年の選挙結果を見て、もっと驚いた。
なんと、前回から700票以上も伸ばす2543票を獲得し、3位で当選を果たしたのだ。
「着ぐるみの議員を連続当選させるなんて、深谷市はどうなっているのか?」
多くの人がそう思っただろう。筆者も御本人に会うまでは、少なからずそう思っていた。
しかし、実際に会って考えが変わった。ミルクおやじは、ものすごく真面目だった。
筆者が初めてミルクおやじに会ったのは2019年4月。深谷市議3期目挑戦の直前だ。
アポを取った際に指定されたのは、深谷市内の住宅街。取材場所を目指して車を走らせると、遠くからでもすぐわかる車が見えた。
白地に大きな黒の斑。ウシ柄の乗用車だ。もし、これがミルクおやじの車でなかったら、深谷市は本当にどうかしている……。
そんなことを思いながら玄関のチャイムを鳴らすと、柔らかい笑顔を浮かべた男性が普通の服で出迎えてくれた。
「ミルクおやじです。本名は村川徳浩です」
通された居間で名刺交換をし、ざっと部屋の中を見渡す。選挙ポスターやビラが積まれていることを除けば、いたって普通の家だ。
さっそくカバンからカメラを取り出して「インタビュー動画を撮影したい」と申し出ると、村川さんが椅子から立ち上がり、「ちょっと待ってください」と言う。
ひょっとして動画撮影はNGなのか?
不安になって顔色をうかがうと、村川さんは大真面目な表情でこう言った。
「動画を撮るんだったら着ますよ、牛」
声量のある落ち着いた低い声に圧倒される。
いやいやいや、無理しなくて結構です!
「全然。無理じゃないです。僕は好きでやっているんですから」
少し笑いながら、あっという間に牛の着ぐるみに着替えて椅子に座ってくれた。
取材当時の村川さんは白髪交じりの58歳。よく通る声で真面目に話をしてくれるが、頭の上には着ぐるみのコミカルな牛が乗っかっている。しかも、妙に背筋が伸びている。
あまりにもシュールな光景に笑いの波が増幅され、いまにも堤防が決壊しそうになった。