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異種ヤンデレ純愛幼馴染ハーレムBL──風来山人『根南志具佐』の「やおい」としての再解釈

菊之丞と河童のセックスの間、身を潜めていた

 ことが終わったあと、侍は菊之丞の顔を見つめて、突然はらはらと泣き始めた。彼の正体は、閻魔と龍神の命で菊之丞を殺しにきた河童だった。人間に化けて菊之丞に迫ったものの、彼に惚れてしまったので、菊之丞を逃がし、自分は任務失敗の罰を受けて死のうと決意する。不憫に思った菊之丞は、自分をあの世に連れてゆけ、と二人して死のうとする。

 そんな二人を制止しに、八重桐がどこからともなく表れる。彼はしじみ取りの途中に体調が悪くなりひとりで舟に戻ってきたものの、舟では菊之丞と河童がセックスしていたので、邪魔しないように身を潜めていた。一部始終を聞いていたので、なら自分が菊之丞の身代わりに死のう、と名乗り出る。八重桐は幼い頃から菊之丞の親に恩義があるので、その子である菊之丞のためなら命は惜しくない、と思っているようだった。

「俺が死のう」「いや俺が死のう」「いやいや私が」と三人が死に競っていると、他の役者連中全員がしじみ取りから戻ってきた。菊之丞が慌てている間に、河童は咄嗟に水の中に隠れ、八重桐が入水してしまった。

想像より河童が大きい。『日本古典文学体系55 風来山人集』(岩波書店、1978)
想像より河童が大きい。『日本古典文学体系55 風来山人集』(岩波書店、1978)

 この物語を現代風に言うなら「異種ヤンデレ純愛幼馴染ハーレムBL小説」だろうか。

 ちなみに作者の風来山人(平賀源内)自身が男色家で有名で、作品に登場させた二代目菊之丞と実際に恋仲だった。自分の恋人でハーレム小説を書くなんてノロケにも程があるし、ひょっとしたら別の趣味がありそうだが……菊之丞の美しさは当時大変な評判だったそうだ。

社会風刺作品?

 この作品は社会風刺作品としての評価が高い。わがままな上に菊之丞にうつつを抜かし仕事をしない閻魔大王は、当時新発田藩を治めていた溝口氏を、そして傍若無人な閻魔に逆らえず、自身は何もせず部下に丸投げの龍神は、大名を表しているそうだ。(*2)むしろ、侍に化けた河童と菊之丞のやりとりや男色描写は、近世文芸評論家:中村幸彦には「一番見おとりする」と評されている。

 風刺作品としての評価がすでになされているこの作品を、わざわざ私が「BL」だと思ったのは、河童と菊之丞の物語の唐突さの解釈かもしれない。

 昨今の性的マイノリティ理解の機運に何かと持ち上げられるボーイズ・ラブだが、私は当事者を描いた男性同性愛作品とBLは峻別されるべきだと思う。少年漫画のラブコメ、少女漫画のラブストーリー、女性同士の「百合」作品も同様で、これらは実際の社会事情から乖離し過度に美化・脚色された、読み手に都合のいい作品だ。BLや百合作品が好きだからといって、同性愛差別をしないとは限らない(*3)

 そうは言っても、私はボーイズ・ラブや百合、ご都合主義なラブコメなどが実社会に即していないから価値がない、とは思わない。BLに「やおい(やまなし・オチなし・意味なし)」という俗称があるが、そこに恋愛物語のドラマチックな展開、納得のいくオチ、社会・文学史的に重大な意味なかったとしても、登場人物がもどかしい想いに揺れているさまが、軽視されずに充分に評価されるジャンルでもある。「やおい」として本作を捉え直すと、河童と菊之丞のやりとりの唐突さには「見おとり」なんてない作品だ。非常にベタだが美しく、漫画的にイメージしやすい。侍が菊之丞の舟に乗り込んだ後の場面を、好きなように超現代訳してみた。

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児玉雨子

こだま・あめこ
作詞家、小説家。1993年生まれ。神奈川県出身。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。2021年『誰にも奪われたくない/凸撃』で小説家デビュー。2023年『##NAME##』が第169回芥川賞候補作となる。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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