よみタイ

江戸POP道中文字栗毛
明治時代以降の文学と比べ、実際に読まれることの少ない江戸文芸。しかし、芭蕉の俳句や西鶴ら以外にも、豊饒な文学の世界が広がっています。
江戸時代の作品を愛読してきたJ-POP作詞家の児玉雨子さんが、現代カルチャーにも通じる江戸文芸の魅力を語る、全く新しい文学案内エッセイ。

前回に続き、式亭三馬の銭湯を舞台にした作品を読み解きます。
三馬はどのように女湯、および女性の姿を描いたのでしょうか?

湯の中の世の中(2)──式亭三馬『浮世風呂』に描かれる女性の多様な姿

イラスト/みやままひろ
イラスト/みやままひろ

伝統的女性像としての「大和撫子」?

 女性──とりわけ日本人女性に対する麗句に「大和撫子やまとなでしこ」という言葉がある。『日本国語大辞典』によると、そのまま「日本女性の清楚な美しさをたたえていう語」とある。さらにWebで調べてみると、「女性の奥ゆかしさ・内なる強さを褒めたたえる」「一歩引いて男性を立てる」、同義語として「美人」を挙げ、日本髪を結い和服を着た女性のイラストとともに説明されているサイトもあった(*1)。辞書は「一歩引いて男性を立てる」などの表現を避けているものの、このようなイメージとともに使用されている言葉であることは明らかだろう。

 このような女性像が伝統的なものとして扱われることに、フェミニストでありながら好んで近世文芸を鑑賞する私はどうしても首を傾げてしまう。もちろん、前近代は儒教的ジェンダー観が社会制度の根底に根ざしているので、「江戸時代(日本はかつて)はジェンダーフリーだった!」とうそぶくつもりはない。

 私が言いたいのは、「大和撫子」のような伝統的女性像は、厳密には近代――1899(明治32)年に公布された高等女学校令で推し進められた「良妻賢母」教育がベースにあるんじゃないか、ということだ(*2)。そんな大和撫子に、いかにも和風なイラストが添えられるのは、意味と表象がちぐはぐなキメラになっているように感じる。たった約120年前、欧米列強に追いつくために作ったそれを「伝統」としてしまう感覚、長い歴史を持つ日本に生まれた私にはちょっとよくわからないんですがねぇ……。

 と、嫌味はここまでにする。

 今までも当時のジェンダー観、とりわけ女性の表象については折に触れてきたが、今回はより江戸中〜後期の女性の生活・風俗に照準を絞って読んでみたい。前回説明した通り、『浮世風呂』は銭湯をまるで定点カメラで見ているようなリアリズムを徹底しており、二・三編の女湯の話も同様の形式をとっている。

 男性であり、女湯の中に入って観察できない三馬は、どんなふうに女性を描いたのだろう。男性作家が書く女性のお風呂の表現となると、たとえば時代劇シリーズ『水戸黄門』のお娟の入浴場面のような、物語の筋とは別に読者や視聴者(特に男性)に向けた「サービスシーン」となっているケースが現代では多々あるが……。

 三馬は三編の冒頭でこんなことを書いている。

 春はあけぼの、やう/\白くなりゆくあらひ粉に、ふるとしの顔をあらふ初湯のけぶり、ほそくたなびきたる女湯のありさま、いかで見ん物とて松の内早仕舞ちふ札かけたる格子のもとにたゝずみ、障子のひまよりかいまみるに、そのさまをかしくもあり。又おのが身ぶざめいたるは、あさましくもありけり。

超現代訳)春はあけぼの。ようよう白くなりゆく酵素洗顔パウダー。年越し前の顔を洗う新年早々の湯を沸かす、その湯気が細くたなびいている。そんな女湯の模様を取材したいと思い、「正月七日まで時短営業中」と札のかかっている格子の下に佇んで、障子の隙間から中を覗き見れば、女湯の中おもしれー。そしてはたから見ると、今の俺、野暮なエロ田舎侍みたいでクソダサい。

「ぶざめく」は、武左衛門という参勤交代でやってきた好色で粗暴な田舎侍のことだ。当時、女湯を覗くことは江戸のイケてる商人や町人のすることではなく、性的に抑圧された侍がする野暮でダサいこと、という感覚だった(*3)。それは「ダサいとわかっていながら、つい女性をエロい目で見ちゃう俺なんだ……」という自虐的なものでもなく、女湯を性的に描かない姿勢は本文に徹底されている。三馬が描きたいのはやはり生活のリアリティやおかしみだったのだろう。

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児玉雨子

こだま・あめこ
1993年神奈川県生まれ。作詞家、作家。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。著書に『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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