2021.1.20
厳寒期の湖でふと思い出す、伝説のジャズフェスティバルと永井美奈子のこと
山中湖畔で開催されていたマウント・フジ・ジャズ・フェスティバルでアルバイト
かつて、山中湖畔の広大な空き地に設けられた特設会場で、一大野外ジャズフェスティバルが催されていたことをご存知でしょうか?
1986年〜1996年の毎年8月。国内外から集結した一流ジャズミュージシャンが、2日あるいは3日間にわたり名演を繰り広げたマウント・フジ・ジャズ・フェスティバル。
往年のジャズファンにとっては、懐かしい響きなのではないかと思います。

僕は大学2年生だった1990年、このフェスに参加しました。
といっても当時の僕はガチャガチャとやかましいハードコアパンクが好きなバンド系学生だったので、アダルトでソフィスティケートでおしゃれなジャズには興味がありませんでした。
オーディエンスではなく、会場係のアルバイトとしてマウント・フジ・ジャズ・フェスティバル体験をしたのです。
高田馬場駅発着の貸切バスによる送迎、宿泊・食事付きという条件、そのうえバイト代もまあまあ良かったので、友人とともに張り切って申し込みました。
しかしバブル期といえども、学生向けのバイトにそうそうおいしい話は転がっていません。
放り込まれたのはホテルでも旅館でもなく、汗臭い香りが漂う“合宿所”としか呼びようのないオンボロ宿舎。
狭い和室の中に隙間なくみっちりと布団が敷かれ、初対面のバイト仲間と肩や足をこすり合わせながらの雑魚寝でした。
極め付きは、晩飯のおかずです。
3日間とも同じメニューで、メインディッシュは冷めたアメリカンドッグでした。
アメリカンドッグはドライブ中にサービスエリアで食べるととてもおいしいものですが、1日働いて疲れたあとの晩御飯のおかずとしては最低です。
まあ、今さら言ってもしょうがないそんな愚痴は置いといて。
僕に課された仕事は、関係者を駐車場から会場へ案内・誘導する係でした。
何人もの海外招へいミュージシャンらしき人を誘導しましたが、僕にジャズの知識はほとんどありません。
ブロークンな英語で控室用テントへ案内した黒人は、きっと名のあるプレイヤーだったはずですが、果たしてあれは誰だったのか?
唯一、一発で顔と名前が一致したのは、日本テレビに入社2年目で人気が爆発していた女子アナ、永井美奈子でした。
マウント・フジ・ジャズ・フェスティバルは日テレの関連イベントだったので、レポーターとして来ていたのでしょう。
一緒に働いていた友人と「おお、永井美奈子だ! かわいい!!」と案内そっちのけで盛り上がっていたら、社員スタッフにめちゃくちゃ怒鳴られたのも、今ではいい思い出です。
