2024.1.10
駄菓子の話ができない
あれやこれやと子どもにはうるさく制限をかけない両親だったが、たったひとつだけ禁止されたのは、「買い食い」だった。
「親の知らないところで、子どもがどんなものを食べたのかわからないのはとても困る。友だちの家で食べ物を出されてそれをいただいたのなら、必ずいいなさい。御礼をいわなくてはいけないから」
と、それだけはきつくいわれていた。
しかし多くの子は買い食いが大好きだった。たとえば友だちの家にクラスの子と一緒に遊びに行くと、最初は家の中や外で遊んでいるが、そのうち飽きて、誰かが、
「駄菓子屋に行こう」
といいだす。それを聞いた他の子は、
「行こう、行こう」
とぱっと顔が明るくなるのだが、私はいつも困っていた。他の子たちは買い食いするためのお金をもらっていたが、私はそのためのお小遣いはもらっていなかった。しかしそこで一人だけ帰るのもいやなので、黙って後をくっついていった。
小さな木造平屋の、町内の駄菓子屋は毎日大繁盛で、子どもたちが群がっていた。店内は土間になっていて、二段ほど上がった畳の小さな部屋に、店主のおばあさんが住んでいるようで、冬になると黒い別珍で縁取られている、銘仙の炬燵布団がかけられた炬燵が置かれていた。店には同じクラスの男の子たちもすでに来ていて、
「お前たちも来たのかよ。面倒くせえなあ」
と偉そうにいわれたりもした。使うお金にも限りがあるらしく、みんな五円、十円の小銭を握りしめて、お菓子を手に取っては戻し、そしてまた取り、今度は別のお菓子を手に取ったりして、相当、悩んでいた。たまにお金持ちの子が、お菓子を箱買いすると、
「おおーっ」
というどよめきが起こった。駄菓子屋のおばあさんは、何も買わずにただ見ているだけの私にも、お金を払う子どもたちに対するのと同じように、にこにこと笑ってくれて、それが救いだった。
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駄菓子屋に入ると、みんなお目当てのものがあるようで、ぱあっと店内に散らばるのだが、しばらくすると、集まってきて、
「何を買うの?」
と他の子が手にしているお菓子を調べる。そして、
「ああ、それいいなあ、それにしようかな」
とまた迷い出す。するとまた他の子が、
「やっぱりこれ、やめようかな」
といい出したりする。なかには呼びもしないのに、
「おごってくれよう」
と後にくっついてきては、ねだる男の子がいて、みんなからきらわれていた。私の場合は、親から止められているから買えないと、友だちに話していたので、彼女たちも特に私に気を遣うことなく、自分たちが買いたいものを買っていて、それが私には気楽だった。
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