2020.9.10
放課後のジャイアントスイングプリンセス
「この卑怯者!」
目に大粒の涙を浮かべ、小学六年生の橘 文香は悔しそうに言った。私は無言のままエアガンの銃口を彼女に向け直す。
「女に銃を向けるとか恥ずかしくないんか!」
橘さんはさらに声を荒げる。その金切り声にイラっときた私は、彼女の足元に「パン! パン!」とBB弾を二発撃ちこむ。私の威嚇射撃で「ひっ!」と後ずさりする橘さんを見て、周りにいた悪ガキ共がゲラゲラと笑い声を上げる。
学校から歩いて五分のところにある町内公民館のグラウンド。地域住民に無料開放されているので、放課後は小学生たちの遊び場と化している。最高学年である六年生の男子グループがこの場所を支配するのが長年の習わしであり、今は私たちの天下となっていた。
そこに単身乗り込んできた女の子。それが橘 文香だった。
クラスメイトの橘 文香はいわゆる女番長である。
スポーツ刈りに近い短髪と170センチに迫るほどの身の丈。実家は酒屋を営んでおり、親の手伝いで酒瓶を毎日運んで鍛え上げたその体は、いわゆるムキムキボディであった。
クッキリとした目鼻立ちに、シャキッとした極太眉毛が印象的な橘さん。運動会でハチマキを巻いた姿が、当時流行っていたTVゲームの『大工の源さん』にそっくりだったので、クラスのみんなから「源さん」と呼ばれていた彼女。
橘さんは正義感にあふれた女の子で、頼まれたら嫌とは言えない親分肌。恵まれた身体能力を生かし、取っ組み合いの喧嘩でも男子と互角以上に渡り合うファイターだ。
女友達をいじめた悪ガキ共にひとこと文句を言ってやろうと、今日もこうして殴り込みをかけて来たわけである。
当時の私は悪ガキグループに属してはいなかったが、彼らの宿題を肩代わりしてあげるなど、常にいじめっこのご機嫌を窺う腰巾着だった。悪ガキたちに好かれてさえいれば、自分がいじめの対象になることはない。そんな小狡い計算ができる嫌な子供、それが私だ。
橘さんが乗り込んできたそのとき、私たちはエアガンの撃ち合いをして遊んでいるところだった。これは悪ガキたちに気に入られるチャンスだと直感した私は、即座に彼女に銃口を向けた。
しかし、エアガンはいい。安全な距離から相手を攻撃できるのがなんとも素晴らしい。幼い頃から私に対してDVに近いスパルタ教育を課してきた親父に対し、私はエアガンを手に戦いを挑んだ。そして、敗れはしたものの、徹底的な遠距離攻撃を駆使し、あの屈強な親父を苦しめることができた。そう、この銃が私の世界を変えてくれたのだ。
橘さんは「女に銃を向ける奴がいるか」と私を?責したが、私はすでに親を銃で撃っているんだ。こっちはもう一線越えちゃったんだよ。これ以上痛い目にあいたくなければ大人しくしていろ。