よみタイ

爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

傘をささない僕らのスタンド・バイ・ミー

 そしてついに台風との出会いがやってきた。
 一九八七年十月、夜から早朝にかけて大型の台風十九号が香川県に接近。大事をとって明日の学校は休校との知らせが、帰りのホームルームで担任から告げられた。
 クラスの男子はいっせいに色めき立ち、女子は恐怖におびえている。私にいたっては、明日が楽しみ過ぎて顔のニヤニヤを抑えることができない。
 もう半分イっていた。

 その日の帰り道、台風を待ちきれず、スキップをしながらウキウキ気分で下校していると、「お~い!」と、後ろから私を呼び止める声がする。
 マルコメ頭の平尾君だ。小さい頃から少林寺拳法の道場に通っている平尾君。彼も私と同じく雨の日に傘をささないバカである。そのバカがいったい何の用だろうか。

「お~い! 明日、川に遊びに行こうや」
「え、川? 明日台風やで?」
「アホ、台風やから遊ぶんや」
「どういうことよ?」
「うちの兄ちゃんに聞いたらな、台風の後って川の流れがヤバいことになるらしいで。映画みたいにドドド~! ってなるってさ」
「え、そうなんや、見てみたいなぁ」
「そうやろ? だから明日、台風が通ったあとぐらいに観に行こうや。昼ぐらいかな。兄ちゃんも呼んでくるからさ」

 中学二年生の平尾君の兄ちゃんは、少林寺拳法の大会でよく優勝していたツワモノだ。あの兄ちゃんが来てくれるなら、少しぐらい危ないことがあっても平気だろう。

「わかった。俺も行く!」

 台風が過ぎ去っているであろう、明日の昼二時に川の堤防で待ち合わせることを約束して、私たちは別れた。

 その夜、天気予報の言った通り、ついに香川県に台風がやってきた。「ミシミシッ!」と嫌な音を立てて、家の天井と壁がきしみ始める。私は家族にバレないように布団を抜け出し、勝手口の小さな窓から外の様子を窺う。漆黒の闇に包まれた空間から、「ブォォォォ! ブォォォォ!」と、ダンプカーのエンジン音のような風の音が響いてくる。次の瞬間、庭に生えたイチョウの木の枝が「ベキベキッ!」とへし折れる音がした。遠くからは悲鳴にも似た野良犬の遠吠えのような声も聴こえてくる。

 これが台風か。小学三年生の私にはうまく言葉で表現できないが、自然の持つ圧倒的な破壊力だけは肌で感じられた。芸術でもなんでも、本当にすごいものは、言葉にしなくとも伝わってくるものだ。
 台風と遭遇した感動で、しばらく眠ることができなかったが、吹き荒れる風と雨の音を子守唄代わりにして、知らないうちに私は深い眠りに落ちていった。

1 2 3 4 5

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

週間ランキング 今読まれているホットな記事