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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

宇宙で一番美しかった嘔吐

「よし! 顔にぶち当てろ! 殺せ!」

 ガキ大将の三宅君から残酷な指示が飛ぶ。本当はこんなことはしたくない。だが、たかが小学校の一クラスといえども、その実体は四十人の村社会なのだ。絶対的権力者であるガキ大将に目を付けられては後々面倒なことになる。
 心の中で「ごめんね」とつぶやき、私はボールを持つ右手を大きく振りかぶった。だが、女の子の顔にボールをぶつけるのはどうしても抵抗がある。私は、ボールを離す直前に手の角度を変え、白川さんの胸の辺りを目掛けて腕を振り下ろした。
 ところが、私の投げたボールは狙いを外し、「ズボッ!」と鈍い音がして、ボクシングのボディブローのように白川さんのお腹にめり込んだ。そして次の瞬間だった。

「キャベ~!」

 白川さんは、地球上のどの生き物の鳴き声にも属さないであろう変な声を出しながら大量のゲロを吐いた。その様子を見ていたクラスメイトたちが口々に喋り出す。
「なんだよ、キャベって」
「白川って人間じゃないのかもな」
「やるじゃんお前、化け物退治したな」
「白川は妖怪キャベだ!」
 たった一回のドッジボールで、私の投げた一球のボールで、一人の女の子の人生が変わってしまった。
 その日から白川さんはみんなから「キャベ」と呼ばれるようになった。「その名前で呼ぶのやめてよ~」と白川さんが笑っていたこともあり、クラスのみんなは軽い気持ちで言っていたのかもしれないが、私には充分過ぎるほどのイジメに見えた。

 いじめられないためには、一番強い奴に気に入られること。
 いじめられないためには、クラスで目立つ発言をしないこと。
 いじめられないためには、清潔な服装を心がけること。
 いじめられないためには、勉強も運動も本気を出さないこと。
 いじめられないためには、みんなの前で泣かないこと。
 いじめられないためには、いじめられっこと仲良くしないこと。

 三歳で母親に捨てられ、多額の借金を抱える家で育った私は、少しでも家計の足しになればと小学二年生で内職を手伝うようになった。意地悪な親戚や内職仕事を斡旋してくれる怪しい業者のオッサンと付き合っているうちに、世の中でいじめられないための処世術を私は自然と身につけていた。しかし、自分が原因で誰かがいじめられるようになるのは想定外の出来事だった。

 運が悪いことに、白川さんは元々よく吐く女の子だった。遠足のバスの中、全校集会の途中、授業中にいきなり気分を悪くして吐くこともあった。誇張ではなく週に一度は吐いていたと思う。
「きっとお腹の病気だと思うの」
 白川さんはそう言っていた。病気なら仕方ないと、クラスのみんなは納得していたが、あの日のドッジボールですべてが変わってしまった。
 白川さんが吐くたびに、「キャ~べ! キャ~べ!」という心無い声が上がるようになり、彼女が吐くモノマネをして笑いを取る奴なんかもいた。「も~やめて~」と白川さんはケラケラと笑っていたが、その無邪気な笑顔を見るたびに、私は自分の身が引き裂かれるような思いがした。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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