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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」
小学校から大学まで――
さまざまなクラスで、それぞれの出会いがあった。
教室で、体育館で、廊下で、校庭で……。
時が経っても鮮明に思い出す彼女たちの面影。
ロングセラー『死にたい夜にかぎって』の著者が贈るスクールエッセイ。

私だけの歌姫はクラスで一番地味な女の子

 中学三年生の平田麻沙子ひらたまさこは今日も昭和歌謡を歌う。先週は、麻丘めぐみの『わたしの彼は左きき』を愛らしく歌い上げ、今週は、テレサ・テンの『空港』を情感たっぷりに熱唱する。

 一九九四年、夏休みを目前に控えた七月の音楽室。窓から差し込む直射日光を防ぐため、すべてのカーテンが閉め切られた薄暗い室内で、五時間目の音楽の授業が行われていた。本日は毎週火曜日恒例の「自由歌唱」の授業である。
 育児休暇中の先生に代わり、一学期の間だけ音楽を指導してくれる非常勤講師の女性。歳は四十代半ば、一見大人しそうな雰囲気の先生だが、これがなかなかの変わり者だった。
「どうせ私とみなさんとは一学期の間だけのお付き合いです。なので、私は教科書の内容にこだわらず、音楽の楽しさを教えたいと思います。毎週火曜日に歌のテストをします。教科書に載っていないみなさんの本当に好きな曲を歌ってください」
 このような非常勤講師の発案により始まったのが「自由歌唱」だった。歌う曲は最新のヒット曲からアニメの主題歌に洋楽まで何でもあり。教科書に載っていない曲を扱うためピアノ伴奏はなし。一人ずつみんなの前に出てアカペラで歌う形式の歌のテストだった。歌のうまさは関係なく、楽しく歌えているかどうかが唯一の評価基準とされていた。
 不意に手渡された「自由」に、最初は戸惑ってしまったが、クラスの目立ちたがり屋たちが、中山美穂&WANDSの『世界中の誰よりきっと』や、槇原敬之の『もう恋なんてしない』など、当時の流行歌を歌ったのをきっかけに、各々が好きな曲を歌い出した。ウケを狙って『君が代』や校歌を歌う奴もいれば、自作の曲を披露するつわものまでいた。授業中というよりは、クラスのみんなでカラオケに来ているかのような砕けた雰囲気に包まれる音楽室。非常勤講師の先生の目論見通り、私たちは人生で一番楽しい音楽の授業を受けていた。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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