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学校のマドンナは水飲み場の妖怪

 私の小学校で「水飲み場」と言えば、体育館裏や靴箱近辺など、校内の数カ所に設置されていたウォータークーラーがある場所を指す。別名を冷水器とも呼ばれるウォータークーラーは、床置きタイプの縦に細長い箱型の物体で、足元のペダルを踏むか、本体の上面部にあるボタンを押せば、噴出口からアーチを描くように水が出てくるという機械だ。

 現在の小中学校では見かけることは少なくなったが、昭和生まれの人なら一度はのどを潤したことがあるだろう。体育の授業が終わった後は、我先に水を飲もうとウォータークーラーに列を作ったものだし、クラスのいじめっ子に順番を譲らないと殴られるなど、学校生活において思い出深い場所の一つである。

 そんな水飲み場において、林さんは、みんなから「妖怪」というあだ名で呼ばれていた。学校の人気者である彼女がどうして?

 その理由は彼女の水の飲み方にあった。林さんはウォータークーラーの噴出口に直接口をつけて水を飲む癖があったのだ。実際にその様子を見たことがあるが、林さんは、母の乳を吸う赤子のように噴出口をくわえこんでいた。
 林さんの異様な水の飲み方に気づいたみんなは、彼女のことを恐れ、陰で『水飲み場の妖怪』と呼ぶようになったのだ。いくらみんなの人気者でも、水飲み場では妖怪、それが学校という閉鎖社会の厳しさである。

 しかし、林さんほどの優等生がなぜあんな下品な水の飲み方をするのだろうか。彼女の鋭い観察眼ならば、自分の飲み方が他の人と違うことに容易に気づくはずだ。それなのに直さないということは、自分の飲み方がおかしいと思っていないことになる。どうしてなんだ。
 不特定多数が利用するウォータークーラーの噴出口に直接口を付けることが不潔な行為であることぐらい、君の頭なら少し考えれば分かるだろう。実は育ちが悪かったりするのか。でも君の家は、お爺さんもお父さんも弁護士をしているエリート一家じゃないか。いくら考えてみても、私にはその理由が分からなかった。

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
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(撮影/江森丈晃)

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