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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

学校のマドンナは水飲み場の妖怪

 万策尽き果てた私は、一気に疲れてしまった。どうして、人の誕生日に平気でモアイ像を描く女のためにここまで悩まないといけないんだ。こうなったら、私も岩崎君と同じように、林さんと間接キスでもしてやろうか。考えようによっては、モアイの恨みを晴らすチャンスかもしれない。そうは思ってはみるものの、やはりどうしても気が進まない。

 白状しよう。実は、私は嬉しかった。勉強もスポーツもできて、おまけに顔まで美しい林さんが、あんなに汚い水の飲み方をするのが本当に嬉しかった。完璧人間だとばかり思っていた林さんにも、ちゃんと人間らしいところがあるんだなと心の中でガッツポーズをした。ひねくれ者なだけかもしれないが、私は人のダメなところ、欠落した部分が可愛くてたまらないのだ。ずっと林さんの下品な飲み方を見ていたかったが仕方ない。このまま岩崎君に彼女の聖域を汚され続けるのは、もう我慢の限界だ。

 他に何か手はないか思案した私は、少し危険ではあるが、手紙という方法を使って林さんに忠告することにした。「手紙を書く練習をしたいんだ」と嘘をついて、祖母から便せん用紙を何枚か頂戴する。だが、何を書いていいのか分からない。年賀状以外で友達に手紙を書くことは少ない、ましてや女の子に手紙を出すのなんて初めてである。とりあえずは、事実だけを分かりやすく伝えることにした。

 

 林さん
 あなたの水飲み場での水の飲み方は汚いです。
 普通は水の出る所に口を付けちゃだめです。
 だからみんなにバレる前に早くやめた方がいいです。
 よろしくお願いします

 あまりの緊張で筆圧が強くなってしまい、HBの鉛筆を使ったのに6Bぐらいの濃さが出てしまった。手紙を書き終えてから、私は気づく。字が下手くそで字体にも癖がある私。このまま手紙を出したら、私が手紙の主だということは、すぐにバレてしまうだろう。

 鉛筆で書くことを諦めた私は、祖父が仕事で使っていたワープロ(ワードプロセッサ)で文章を作成することにした。といっても使い方が全く分からないので、祖父に今までの事の顛末を素直に話し、私の代わりに文章を打ち込んでもらった。
「お前が女の子のためになぁ……」と何だか嬉しそうにしながら、ものの五分程度で祖父は林さんへの手紙を作ってくれた。出来上がった文章を確認すると、祖父は先程の文章の最後に「あなたのことが好きな者より」と余計な一文を加えていた。私は烈火のごとく怒り、「そんなんじゃないんだから! 早く書き直してよ!」とやり直しを命じる。祖父は「はいはい」と楽しそうにキーボードを弾き始めた。

 翌日、いつもより二十分早めに学校に着いた私は、林さんの靴箱の中、上履きの下に手紙を隠した。林さんがちゃんと手紙を読んだかを確認したかったので、靴箱の近くで彼女を待ち続ける。三十分後、登校して来た林さんは、私の手紙に気づき、しばらく手紙に目を落とした後、それをポケットにしまい、教室に向かってダダダッと猛ダッシュで駆けていった。

 それからの林さんは、今までの下品な水の飲み方をパッタリと止め、みんなと同じような飲み方をするようになった。クラスメイトたちは、いったい何事かと最初はびっくりしていたが、そのうち何も言わなくなった。「もう林と間接キスできへんなぁ」と岩崎君だけ元気がない。あれだけ憎んでいたはずなのに、やけに落ち込んでいる彼を見ているとなんだか可哀想になってくる。思わず私は「昼休みに一緒にドッジボールしよう」と優しい言葉をかけてしまった。

 小学校を卒業してから、林さんとは一度も同じクラスになることはなく、大人になった今も再会を果たせていない。
 四十年ほど生きてきて、人生には知らない方がいいことがたくさんあるのは重々承知だが、それでも林さんに教えて欲しいことが二つある。

 どうしてあんな下品な水の飲み方をしていたのですか?
 どうして僕への誕生日カードにモアイ像を描いたんですか?

 そして今なら分かることがある。
 『水飲み場の妖怪』と呼ばれた林香澄さん、私はあなたのことが大好きでした。
 あと、あなたは怒るかもしれませんが、やっぱり、下品な水の飲み方をしている時のあなたの方が素敵でした。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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