2019.12.25
恋の隠し味はしそと塩昆布
しそ騒動から一週間ほど経ったある日の昼休み。私に声をかけてきた女の子がいた。
クラスメイトの彼女の名前は片岡理恵さん。天然パーマのくるっとしたクセっ毛と極太眉毛が印象的な女の子だった。そんなに目立つタイプの子ではないが、あることが原因でクラスのみんなからは多少距離を置かれる存在だった。
「どうしたの、片岡さん」
「ねえ、言いたいことあるんだけど」
「うん」
「ちょっと前に給食でお婆ちゃんのしそ料理出たよね」
「……」
「あの時は言えなかったけど、私はあれすごく美味しかったよ。ご飯もお味噌汁も漬物も天ぷらも全部!」
「え……そうなんだ」
「しそって初めて食べたけど美味しいね。私、お母さんに頼んで、家でも作ってもらってるんだ」
「へぇ……」
「お婆ちゃんに言っておいて。しそが美味しいこと教えてくれてありがとうって」
「うん、言っとく」
「絶対だよ~!」
そう言って、片岡さんは手を振って去って行った。
ようやく、祖母の料理を褒めてくれる人が現れたというのに、私は「ありがとう」という感謝の言葉を片岡さんに伝えることができなかった。恥ずかしかったわけではない。それにはちゃんとした理由がある。
そう、片岡さんは鼻くそを食べる女の子だったからだ。
授業中も休み時間も暇があれば、自分の鼻をほじっては、取れた鼻くそをモグモグと食べる。他人の目を気にせず、そうすることが当然かの如く、それを食す姿には、ある種の気高さまで感じられた。給食を食べ終わった後に鼻くそを食べる片岡さん、彼女にとっては鼻くそが食後のデザートなのだ。
そんな彼女が言った。
「あなたのお婆ちゃんの料理美味しい」と。
嬉しい。それは間違いないのだが、どうしても引っかかる。もし、片岡さんが自分の鼻くそを美味しいと思って食べているのなら、祖母の料理と鼻くその味がイコールということになるじゃないか。それはちょっと認めたくない事実である。私の祖母の料理は鼻くそよりは美味しいはずだ。私の心は鼻くそ女の言葉によってかき乱されるばかりだった。
その日、家に帰ってからも頭の中は片岡さんのことでいっぱいだった。食卓に並べられた祖母の料理が全て鼻くそに見える。いつもは美味しいはずの料理を口にするのがとても怖かった。
どれだけ悩んでも答えが出ないので、私は親父に相談することにした。誰かに全てを話して楽になりたかった。
「お父さん、鼻くそって美味しいのかな」
「なんやお前、いきなり」
「いや、ちょっと気になってさ」
「お前、うちが貧乏やからって、鼻くそ食べて腹を膨らまそうとか思ってるんか! 情けないぞ!」
鼻くそ女のせいで親父に四、五発殴られてしまった。鼻くそに翻弄されるがままの我が人生よ。