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南和行「離婚さんいらっしゃい」
離婚をめぐるたくさんの悩みやさまざまな葛藤。そこには、夫婦、家族の数だけドラマがある。夫婦関係で悩んでいる人たちが、自分の人生を取り戻せるヒントが得られることを願って……大阪で弁護士として働く著者が架空でつづる離婚をめぐるセミノンフィクション。

お母さんは結婚の続け方を教えてくれなかった

【ホク子の場合】

流産のときの母の顔

ホク子は結婚して2年目、子どもはいない。
結婚してすぐに妊娠したが流産した。

流産は悲しかった。そしてつらかった。

流産後の処置を産婦人科でしたとき、
診察台の上で涙が頬をつたった。

その日、実家から母が泊まりがけで来て、
付き添ってくれた。

産婦人科の待合室のソファで、
「大丈夫だからね」と、
手を握ってくれた母の表情は、
言葉とは裏腹に、
「ガッカリ」そのものの表情に思われた。

夫はもうすぐ40歳だが、
ホク子はまだ33歳。
時間の余裕はある。

でもどうしても、次の妊娠に踏み切れない。

また同じように流産してしまったらと思うと、
自分や夫の悲しみよりも、
あの日の母のガッカリした顔が思い浮かんで、
躊躇してしまう。

流産してからかれこれもう1年あまりが過ぎた。

結婚についての母の心配

夫とは社会人になってから、
大学の部活の同窓会で知り合い、
最初から結婚を意識して付き合った。

交際期間は、二人で出かけるなどの、
いわゆる恋愛のようなこともあったが、
もっぱら結婚の条件を整える準備期間だった。

そして仕事のことなど、
お互いに条件がすり合わさったところで、
具体的な結婚の準備に入った。

結婚式の日時の目星を付け、
その前後での新居の確保を計画し、
その中で互いの実家への挨拶もした。

ホク子の両親に夫が挨拶に来た日、
夫が帰ったあとで母は、

「私は、アナタが30歳までにちゃんと結婚できるのか、
 本当に心配だったのよ」

「私は短大でいいって言ったのに、
 4年制に行って、なのにけっきょく普通のお勤めだし、
 30歳までにお嫁のもらい手がなかったら、
 どうするんだろうって」

「でもあと少し頑張って、
 29歳のうちに結婚式をしてもらいたかったわ」

母はホク子の夫が、思いの外よい人だったから、
安心して口を滑らせたのだろう。

29歳で準備が整ったから、
結婚式は30歳になってからだった。

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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