2019.11.11
この世で一番「赤」が似合う女の子
この世で一番「赤」が似合う女の子。それは、小学校の同級生だった松浦千沙しかありえない。
四年生の時に初めて同じクラスになった松浦さん。おかっぱ頭が本当によく似合う子で、座敷童子のような佇まいがとてもキュートな女の子だった。
幼い頃から吃音を患っていた彼女は、「こ、こ、こここ、こん、こんにちは」と、喋り始めの音が重なってしまう「連発」の症状が顕著にみられた。小学生には仕方のないことだが、クラスメイトのほとんどは、彼女の喋り方をちょっと面白がっていた。
自分だけ善人面をするわけではないが、私は松浦さんの喋り方は可愛いなと思っていた。とくに、国語の授業で彼女が教科書を音読する声が好きだった。スラスラと流れるように文を読む優等生の声は機械みたいで味気ない。言葉に詰まりながらも、一生懸命に読み進める松浦さんの声からは、血が通った人間のぬくもりが感じられた。
実は私も、幼稚園の頃に吃音に悩まされた過去がある。私の症状は、次の言葉が出て来なくて口ごもってしまう「難発」と呼ばれるものだった。体が成長するのに合わせて自然と症状が改善され、小学校に入学する頃には普通に喋れるようになっていた。そんな似たような境遇もあり、私は松浦千沙に密かに親近感を抱いていた。朝は「おはよう」、下校時には「ばいばい」と私から声をかけ、席が隣同士だった時は、休み時間に他愛もない話で盛り上がっていた。
ある日、「わ、わ、わわたしの、し、し、しゃべりかた、へ、へ、へへへん?」と彼女に聞かれた時、私は答えに困ってしまった。「変じゃない」と答えるのは、現実から目を背けた綺麗事のような気がした。だからといって「君の喋り方が好きだ」と告白するのは恥ずかしい。私が何も言えずにいると「い、い、いいいいつも、は、はははなしかけてくれて、あ、あ、ああ、あああありがとう」と彼女は笑った。私は、笑うと両エクボができる彼女の笑顔が大好きだった。
ああ、早く大人になりたい。きっと大人になれば、彼女を満足させる答えを言えるようになるはずだ。私は強く思った。
GW明け、悪魔が動き出した。福岡君といういじめっ子が本性を現したのだ。彼のいじめの標的は、自分より弱い女の子のみで、女の子の泣き顔を見ることに快感を覚えるサイコパスな一面を持つ男だった。クラスの女の子たちが次々に彼の毒牙にかかっていく中、なぜか松浦さんだけが涙を見せなかった。彼女を泣かすために、福岡君のいじめはエスカレートの一途をたどる。
吃音をバカにした悪口、上履きに画鋲を入れるような悪質なイタズラはもちろんのこと、殴る蹴るの暴力まで用いて、松浦さんをいじめる福岡君。だが、彼女は何をされても決して泣くことはなかった。
私もただ手をこまねいて見ていたわけではない。クラスのみんなで一丸となり、力ずくで福岡君を何度も止めた。だが、注意されると、ちょっとの間はおとなしくしているものの、またすぐに彼はいじめを再開してしまうのだ。
担任の先生は教職免許取り立ての新任教師で、いじめの相談をしても「みんなでサッカーすれば仲良くなるぞ」としか答えないサッカーオタクの役立たずだった。他の先生にも助けをあおいでみたが、他のクラスの厄介ごとには興味がないとばかりに、どいつもこいつも完全無視を決め込みやがった。
こうなったら親に相談するのはどうかと松浦さんに聞くと、「お、お、おやは! い、い、いいいやだ!」と大声を出して嫌がった。恐怖におびえるその様子を見ていると、それ以上、彼女のプライベートに土足で踏み込むことはできなかった。
あれやこれやと知恵を絞り、ある名案を思いついた私は、さっそく松浦さんと作戦会議を開いた。
「一回泣き顔を見せれば、きっと福岡の奴も満足するだろうからさ。嘘泣きをすればいいんだよ」
「で、で、でででも、あ、ああ、ああいつに、ま、まま、まけたみたいで、い、い、いいやだ」
「作戦勝ちってことでいいじゃん。ほら、うまく泣けないなら目薬使って泣けばいいし」
「……ぜ、ぜ、ぜっ、ぜったい! い、い、いい、いいやだ!」
そう言ったきり、松浦さんは口を閉ざしてしまう。その後も何日にもわたって説得を試みたが、結局彼女が首を縦に振ることはなかった。