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『ブリッジカフェ』がつないだケアとアート、そして地域のきずな@水戸芸術館【後編】

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「遠い親戚」が集うような、地域の中の美術館

1990年に開館した磯崎新建築の水戸芸術館では、広場や噴水で遊ぶ子どもの姿をよく目にする。レストランで食事したり、タワーや音楽会を訪れたことがあったり。初めて現代美術ギャラリーに入る人も案外楽しんでいる。場所の記憶が来館者それぞれの人生と結びついているのだ。スタッフと来館者が顔の見える規模であり、ケアの目が届きやすいともいえる。

ちなみに、『ブリッジカフェ』は認知症の方々も対象になるプログラムだと館内で周知をした当初、認知症への知識がないゆえの身構えがあったという。改めて、ケアのプログラムを美術館で行うことにはどんな意味があると考えるか、3人に尋ねた。そこで胸に響いたのは、学芸員も家族や社会などに関する個人的な悩みや葛藤を持つ「人」だということだ。

「辛いなと思うことや試行錯誤もなんとなく楽しく捉えられるようになっているのは、ここでいろいろな作品や人に出会って面白い解決法や考えをいっぱい教えてもらったからだと思っているんですね。そのレッスンができる場が美術館だと思っているし、アートに救われている。高校生たちにも、いろんな生き方を見ることで人生の励ましみたいなものがたぶん生まれている。それをお伝えすることが私たちの仕事の一つだと思っています」と森山さん。

参加者やボランティアスタッフと語り合う森山純子さん(左) 撮影:仲田絵美 提供:水戸芸術館
参加者やボランティアスタッフと語り合う森山純子さん(左) 撮影:仲田絵美 提供:水戸芸術館

後藤さんは「文化施設で働いているからこそ、ここが社会とつながっていて、社会には人が暮らしているということを意識する」と語る。「どれだけ制度があっても、その人自身が行きたいとかちょっと外に出たいとかって思わないと、文化施設に来ていただくということは成立しない。ではどんなふうに働きかけていくか。ケアのプログラムは、構造的に見たり、『人』と『人』として見たりという機会になっていると思います」。

ワークショップで手を動かす後藤桜子さん(左) 撮影:仲田絵美 提供:水戸芸術館
ワークショップで手を動かす後藤桜子さん(左) 撮影:仲田絵美 提供:水戸芸術館

「自分がゼロ番目の参加者・鑑賞者だと思っているんです」と言うのは中川さん。「作品はもちろん、いろいろなプログラムをご用意して様々な人たちと出会わせてもらえて、社会にはこんなにいろいろな人がいるんだな、市民ってなんて豊かなんだろうってまず私自身が感じています。これは本当に役得です。次は、皆さんに伝えていくことが役割だと思っています」。

「日比野克彦 ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」(2025年)で鑑賞ツアーに同行する中川佳洋さん(左から3番目) 提供:水戸芸術館
「日比野克彦 ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」(2025年)で鑑賞ツアーに同行する中川佳洋さん(左から3番目) 提供:水戸芸術館

それだけに「高校生ウィーク」や『ブリッジカフェ』のような居場所のプログラムがなくなることで、参加してきた人々の喪失感も大きいという。「家族みたいな集まりが毎回つながってきたんだなと。高校生ウィークのOBが成人式の後に寄ってくれたり、SNSですぐに連絡が取れる時代に美術館にわざわざアナログな掲示板ができたり。皆さん、会えない感じやすれ違いを最後にしみじみ楽しんでいる。終わることによって、私たちにとって美術館ってなんだろうって、みんなが考えるようになった。そうした時間に立ち会い、出会い直しているような感覚でいます」と森山さん。

後藤さんは「あの人昨年も来たねとか、今年はまだ来てないねとか。血縁でも地縁でもない相手を、遠い親戚のように思うみたいな。ちょっと気にかける相手が街の中に何人かいるっていう環境を作ってもらっている感じがします。ケアや居場所のプログラムは、『あの人最近どうしてる?』みたいなことを、お互いにふと思うような交差点になっていたのかなと思いますね。街の中で必要とされている実感はすごくあります」。

重ねて森山さんも「ケアのプログラムは、一つの場とかハブであるような気がします」と語る。「そこで出会った人たちのありようや考えに触れることが、次のプログラムや企画を生み出すという連鎖があります。私たちスタッフが考えたものを行っているのではなく、現代美術の可能性を、訪れた方たちが生身で見せてくださるんですね。それを整えて表に出すのが、私たちの介助の部分であって、生み出すのは美術館に来た方たち。市民が美術館の形を形作っていくのだと思います」。そう聞いて、これからも「人」から「人」へ、形は変わっても探求は続いていくことだろうと思った。

ところで、母の介護と並行して続けてきたこの連載も今回で最終回となる。前回、介護生活7年目にしてやっとショートステイに行った要介護3の母を「月面着陸より大きな一歩」と表したが、地球に帰還して以来、地元の小さな家から通院以外はまた出ようとしていない。この連載で、母にアートプログラムを受けてもらって元気になった‼︎ といった体験記が書ければきれいだったが、オンラインのアート鑑賞さえ拒まれ、そううまくはいかなかった(トホホ)。
ショートステイに行ったのは、1月中旬から2か月、父が脳梗塞で入院し、母を置いて出張取材に出ることは不可能だったからだ。父はリハビリを頑張り、ほぼ自立で生活できるほどに回復した(ただ要支援2のため受けられる介護サービスは限られる)。
同時に、昨年末に実家マンションで共有部排水管の水漏事故があり、そのための改装工事も2週間重なり、安全な場所に母が移る必要に迫られ、母は最初で最後のショートステイだと思ったらしい。人は変えられない、人をコントロールしようとしてはいけないのだとしみじみ感じる。

一方で何歳になっても自ら変わろうとする人や、社会のしくみを変えたいという人もいる。アートの現場にはそんな人が多く、自分の身体が動く限りは現場取材をベースとしてライターの仕事を続けたい。例えば沖縄や東北にも足を運びたいし、あの手この手を考えないといけないだろう。

連載中、ケアとアートの取材先で、現場に集う人々の楽しげな姿を目にするたびに、例えば文化施設に行きたいけれどアクセスできないと思っている人々の一助になれればとも思った。一人を助けることは、その後ろに続く何人もの人を助けることにもつながり、やがて当たり前のこととなっていくはずだ。答えのないリアルな地点から、ケアとアートのプロジェクトをこれからも取材していきたい。

完 ご愛読いただきありがとうございました!

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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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