2026.4.24
『ブリッジカフェ』がつないだケアとアート、そして地域のきずな@水戸芸術館【後編】
これらには、視覚・聴覚障害のある人とない人がともに楽しむ鑑賞会や、認知症のある高齢者のための鑑賞プログラムなど、さまざまな形があります。
また、現在はアーティストがケアにまつわる社会課題にコミットするアートプロジェクトも増えつつあります。
アートとケアはどんな協働ができるか、アートは人々に何をもたらすのか。
あるいはケアの中で生まれるクリエイティビティについて――。
高齢の母を自宅で介護する筆者が、多様なプロジェクトの取材や関係者インタビューを通してケアとアートの可能性を考えます。
前編に続き水戸芸術館が主催する、アートを介して認知症のある方を含み誰でも参加できるカフェ、『ブリッジカフェ』を取材。インタビューを通してプロジェクトを振り返ります。
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高齢者とアートをつなぐカフェ形式のプログラム『ブリッジカフェ』。認知症の方やそのケアにあたる方を含め、どんな人も交流できるイベントだ。
水戸芸術館現代美術センターの2024年度からの事業「ブリッジ アートとケアをつなぐ」の一環として、2025年度は9月と3月に開催された。残念ながら同事業は一旦これで終了となるが、この一年を振り返って、企画・担当した水戸芸術館現代美術センター学芸員の後藤桜子さん、同センター教育プログラムコーディネーターの森山純子さん、中川佳洋さんに立ち上げた理由から実現までの経緯など話を聞いた。

「ケア」を「ひとり」から「つながり」へとひらく
まず『ブリッジカフェ』はどのようにして生まれたのだろうか。その発端の一つは、後藤さんが企画し2023年に開催された展覧会『ケアリング/マザーフッド:「母」から「他者」のケアを考える現代美術―いつ・どこで・だれに・だれが・なぜ・どのように?―』に遡る。誰もが他人をケアし、他人によってケアされた経験がある。出光真子、薄井ゆい、二藤建人ら15組のアーティストの作品を手掛かりに、展示や関連プログラムを通して、「ひとり」で担いがちな「ケア」を社会の「つながり」へとひらき、分け持つような思考と実践の機会となった。
また、認知症を患った母になりきり、森や街を徘徊するパフォーマンスを記録したヨアンナ・ライコフスカの映像作品《バシャ》では、患者の目を通して見える不安な世界観が今も印象に残る。展覧会全体を通して、ケアを受ける対象のニーズと向き合うと同時に、ケアを行う環境や制度が足りていない社会への問いや提案が散りばめられていた。



その関連プログラムの中で、認知症のある方が給仕を担当する「いいあんばいレストラン」の市内運営団体と共同で座談会の場を作ったことがあった。後藤さんは「この座談会に関わった方から認知症カフェをご紹介いただいて、水戸市の高齢福祉課の方と引き合わせていただいたのが始まりです。そこから福祉ボランティア会館で行われている認知症サポーターの集まりや、地域の高齢者包括支援センターや福祉施設に出向き、美術館に認知症カフェを作る準備をしていきました」。
こういった取り組みの中で認知症サポーターの活躍の場が限定的で、力を発揮できる場が少ないという声があることも知る。そこで、認知症サポーターにもワークショップの企画・運営に参加してもらうなど、様々な「つながり」も丁寧に構築していった。

『ブリッジカフェ』に複数のテーブルを設けたことについては「同じ釜の飯を食べるまでいかなくても、一緒のテーブルにつくと親近感が生まれるような気がします」と森山さん。年上から年下に教えるだけでなく、年上が学ぶなど、ケアする/される、といった関係性が様々に変化するバランスを考えたという。
2026年3月、その年度の『ブリッジカフェ』を終えた後藤さんは「水戸市の福祉のネットワークにわたしたちがじんわり入っていけたような手応えを感じました」と語った。
「人」と「人」として接し、作品を一緒に見る
もとより美術館での日常的な案内も来場者へのケアと言える。「ケアの展覧会を作っていて、そうしたインフラ的な取り組みに関わることで展覧会の作り方も変わりますし、ケアへの関心が一つの展覧会だけの特典みたいになるのはおかしいという気持ちがありました」と後藤さん。
館内や展覧会場の案内では「来館者それぞれにニーズがあり、何かお困り事はないかなど聞き取るところから、来館者の過ごし方を一緒に作るような態度がないといけないなと考えました」。
その際、案内スタッフ(水戸芸術館で「ATMフェイス」と呼ばれる)やボランティアスタッフを信頼し、「人」と「人」として自分なりのお客様への接し方を見つけてもらうことを大切にしているという。
一方で、来館者と直接接するスタッフから、潜在的なニーズや対応で苦慮することを聞くこともある。そうした声に耳を傾け、館内の環境を一緒に作っていく取り組みは、これからも必要だと考えている。

水戸芸術館のボランティア・CACギャラリートーカーが、来館者に作品を案内するギャラリーツアーでは「対話型鑑賞」という鑑賞法を行っている。作家や学芸員の作品解説をトーカーが記憶して繰り返すのではなく、トーカーそれぞれの人生経験やものの見方を織り交ぜ、鑑賞者と対話しながら展覧会を巡り、鑑賞者の話を引き出していく。
森山さんはその際「それぞれにどんなコミュニケーションをとりたいのか、目の前の人にどんな言葉を選んで伝えるか、ある程度の自由を担保したいと思っています。リスクはゼロではないけれど、私たちが責任を負うという気持ちでやってきました」。

この「『人』と『人』として作品を一緒に見る」、という事例として、森山さんはこんなエピソードを話してくれた。
「行政で責任ある立場の人たちが視察にいらしたときのこと。ギャラリートーカーさんと展覧会を巡りながら対話型鑑賞をし、戻ってきてゆっくりお話しされている中で、はらはらと涙を流されたことがありました。その方は、お母様を介護しながら自分の暮らしと仕事のバランスをどうにか取りながら重責を担っているようでした。職場では泣けない立場の方が、美術館で個に戻り、一人の市民としてアートに接することができて良かったなと思ったのです」。
あるいは、利用者とケアワーカーを招いてトーカーと一緒に美術作品を鑑賞するとき、ケアワーカーが自然にトーカーのような働きをすることがある。「学芸員やトーカーによる案内の後、ケアワーカーさんが、この利用者さんにはこういう表現の方がわかりやすいだろうと言い換えをしてくれるんです。あのときあそこで見たあれに似ているよね、とか。そこからどんどんエピソードが出てきてお話が膨らんでいきます。その人が持つ思い出や経験とつなげて伝えることは、当人を知らない初対面の人にはできないことなので、普段その人と一緒にいる方が言い換えてくださるときは素晴らしいなと思って聞いています」と森山さん。
そのとき利用者とケアワーカーの間に、お互いにちょっと胸の内を見せてしまうような時間が生まれるとしたら、作り手であるアーティストにとっても嬉しいことではないだろうか。
思えば『ブリッジカフェ』も、来館者が「高校生」「高齢者」といったラベルを剥がして、それぞれ「人」と「人」としていられた場であったかもしれない。「現代美術は社会とつながっていると言われているけれど、どういうことだろうか、本当にそうだろうかと思っていた学生たちには、実感を伴って、現代美術と出会い直す機会が持てたのではないかと思います」。

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