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佐藤誠二朗「グリズリー世代のバック・トゥ・ザ・ストリート」
グリズリー……それは北アメリカ北部に生息する大きな灰色のヒグマの名であると同時に、白髪交じりの頭を形容するスラング。頭にちらほら白いものが目立ち始める40~50代を、アラフォー、アラフィフといってしまえば簡単だけど、いくつになってもオシャレと音楽が大好きで遊び心を忘れない彼らを「グリズリー世代」と名付けよう――
そんな思いを胸に、自身もグリズリー世代真っ只中の著者がおくる、大人の男のためのファッション&カルチャーコラム。

デニム~おっさんこそが堂々と履きこなすべきは、ダメージデニムなのだ

18歳の頃、地元の教科書配送倉庫でアルバイトを始めた。そこにはパンクスの先輩バイトがいて、僕は彼が穿いていたダメージデニムに心を奪われた。

1980年代後半の当時、ダメージ加工デニムはまだ売られてなくて、DIYで作るのが常識だった。僕も何度か挑戦していたが、どうしても自然な雰囲気のダメージができなかったのだ。
ところがアナーキーな兄貴の穴あきデニムは、まさに何年も穿き古したように自然なものだった。
思い切って尋ねると、一見強面の兄貴は柔和な笑顔で教えてくれた。
「サープラスショップで弾丸の空薬莢をいくつか買ってきな。ペンチを使って薬莢の端をギザギザにして、ジーンズに絡めて洗濯機で回すんだよ」と。

ああ、なんてかっこいい……。と思ったけど、どう考えても洗濯機のダメージの方が激しく、親の激怒が予想されたのでやらなかった。

ヒッピー、パンクス、メタル、グランジのファッション

ダメージデニムの発明者は1960年代のヒッピー、そして第一継承者は1970年代前半に登場したニューヨークのパンクスだ。エコ志向のヒッピーは物を大事にする姿勢を示すため、ボロボロのデニムをパッチで飾って穿いた。パンクスはその影響を受けつつ、飾らずズタボロのまま穿く方がハードでかっこいいと思った。
おそらく最初は、仲間内だけの流行だったそうした着こなしは、70年代後半のロンドンパンク、そして80年代のハードコアパンクやメタルヘッズへと受け継がれ、90年代前半のグランジがブームになる頃には完全に市民権を得た。デニムメーカーが、ダメージ加工を施した商品を売り始めたのはその頃からだ。

ダメージデニムはグリズリー世代になじみのストリートスタイルのひとつ。
若いやつらなんかより、絶対かっこよく着こなせるはず、と自信を持って、しばらくご無沙汰している人もまた穿いてみてはいかがだろう。

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佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『糖質制限の真実』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『STUSSY2017 FALL/HOLIDAY COLLECTION』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

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