2026.7.23
偶然を使って変化できるのが、人間の素晴らしいところ【鏡リュウジ×東畑開人『昼間のスターゲイザー』対談・後編】
論理を断ち切るところに人間の自由がある

小沼 連載がスタートする時のキーワードに「偶然を生きる」がありました。この色んな大変なことが起きる世の中で、改めて偶然を生きるということを、お2人はどう考えているのでしょう。
鏡 最近パラパラとユングを読み返していて、痺れたフレーズがあります。英語版の『ユング選集』の第8巻、シンクロニシティについての論文です。そこには、シンクロニシティとは意味のある偶然だ、と書いてある。
さらに、「自由は非因果律的なものから来る。因果律的なものからは来ない」といったような文章がありました。これに僕はとても感動したんです。
因果律って、Aがあるから、Bがあって……という考え方ですよね。要するに「ラプラスの悪魔」です。この宇宙を大きなビリヤード台だと考えるなら、最初のひと突きが決まればあとは全部決まる。そうすると、そこには自由がまったくない。すべてが決定論的に、機械論的に決まってたら、そこに自由はないから意味もないんですよね。
だから、意味は自由から来る。そして、自由は非因果律なんだと書いてありました。例えばさっきお話をしている時に急に地震があったことは、因果論的に関係ないじゃないですか。少なくとも関係ないと思われる。でも、そこに物語性を感じることができる。これが自由の源なんだというのが、ユングの書いていることです。
占いは偶然のものです。原因と結果で決まらない、偶発性を召喚する装置なんですよ。原因と結果を追い求める操作性の高い世界に生きている我々が、あえて偶然、チャンスの中に飛び込んでいく装置として占いがあるのだと思います。

東畑 素晴らしい。本当にそうだと思います。
哲学者のハンナ・アーレントが、「ロンリネスとは何か」について書いています。さみしさでバラバラになった人とはどういうものか。僕はこのロンリネスをもじって、「論理ネス」という言葉を思いついたんですよ。
どういうことか。アーレントは、ロンリネスになって、神的なものに飲み込まれ、全体主義的になっていくときに、人はひたすら論理でものを考えていくんだと言います。A従ってB、従ってC、従って……と、どんどん進んでいく。さみしいときほど、論理の説得力が爆上げするんです。
アーレントは「最後のアルファベットにたどり着いてはいけない」と言います。最後のアルファベット、Zが何を意味しているかというと、これはアウシュビッツです。つまり全体主義的な思考で、どこまでも論理でまっすぐ進んでいくと、人間はアウシュビッツにたどり着いてしまうというのがアーレントの考え方なんですね。
アーレントはABCDときたところで、突然「A!」と叫ぶんだということを言っています。ずーっと続いていく論理を断ち切って、別のアルファベットを叫べるところに、人間の自由がある。これは慧眼だと思います。新しくはじまる。これこそが自由であると。
この論理ネスをせきとめるのが、偶然です。「古い友達と会った」でもいいし、「自分の悪口を聞いてしまった」でもいい。そこで論理ネスが破綻して、新しい何かを思いついてしまう。これこそが自由なんだと。
偶然は無視できるものです。トーク中に起きたさっきの地震もそうだけど、「自分には何の意味もない」と、ほとんどの偶然は無視できる。でも、この偶然を生きることもできるんですよね。ABCDと来て、Eに行く生き方を今はしているけど、思いがけない偶然をきっかけに新しいAを叫ぶことも、人間にはできる。ほとんどの場合はできないけど、それでも時々、偶然を使って僕たちは変化する。これが人間の素晴らしいところだし、カウンセリングをやっていて一番感動するのもこの瞬間です。
鏡 なるほど。占いを何回もしちゃいけないって、きっとそういうことですよね。偶然の大きな特質は一回性です。何回も続いては偶然にならない。何回もやると「ありがたみ」がうすれてくる。「ありがたみ」って「あることが難しいこと」ですからね。何回も召喚する偶然は、ありがたみがない。

東畑 『昼間のスターゲイザー』で、鏡さんが言っていて面白かったエピソードがあって。鏡さんが占いをやりはじめたころ、ガンガン当たってすごく楽しかった。そこまではいいんだけど、だんだん占いが当たらなくなってきた時に「おかしいな。なんで当たらないんだ」と考えはじめるっていう(笑)。
鏡 占い師がはまる罠なんですよ(笑)。合理的に考えたら占いって、当たらないはずじゃない。なのによく当たることが何度かあって、そのうちビギナーズラックみたいなものがなくなって当たらなかったときに、「なんで当たらないんだろう。当たる方法があるはずだ」と考え始めてしまう(笑)。
東畑 「なんで当たるんだろう」は知的好奇心だけど、「なんで当たらないんだろう」は論理ネスの世界に入っていますよね。
鏡 そうそう(笑)。
流れ星を流すことはできないけれど
小沼 『昼間のスターゲイザー』では、河合隼雄のコンステレーションの話がありましたよね。クライエントの心に何かが起こるのをひたすら待つ、「何もしないことに全力を注ぐ」という。このコンステレーションも「偶然を生きる」とつながるのでしょうか。
東畑 河合隼雄にはコンステレーションへの「信仰」みたいなものがあって、ひたすら待ちながら共にいるんだ、そうするとコンステレーションが起こるんだと言っていました。
これだけ聞くと神秘主義ですよね。僕も若い頃は意味がわからなくて、「なぜ俺にはコンステレーションが起こらないんだろう」とずっと思っていました。それでもわからなくて、ある時から「コンステレーションは神の発想だ」と諦める。そうしてカウンセリングを続けていると、だんだんわかるようになってきたんですよ。コンステレーション、確かに起きることもあるよなって。
それはコンステレーションが偶然起きるというより、クライエントが偶然を掴めるようになるというのが、僕にとってはリアルな感覚です。カウンセリングはクライエントが偶然を掴める状況まで持っていくことが大事なんじゃないかと考えています。
鏡 なるほど。心が自由じゃないと、偶然は掴めないもんね。河合隼雄先生はやっぱりすごいんですよ。
東畑 「流れ星を流れさせることはできないけど、望遠鏡を構えさせることはできる」って、鏡さんが言ったんでしたっけ?
鏡 そんな立派なこと、自分には言えない(笑)。
東畑 じゃあ別の本か(笑)。すごく納得したんですよ。望遠鏡を構えさせることができたら、流れ星も見られるじゃないですか。心理療法家はきっとそういう仕事なんですよね。逆に言えば、望遠鏡で覗く状態まで持っていくことが僕にできることで、流れ星自体はずっと流れている。やっぱり、昼間のスターゲイザーですよ。
鏡 おお。最後、綺麗に星に着地しましたね。

了
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