2021.7.9
誰も来ないはずの男子トイレで目にしたもの
……うざい……消えろって……キャアハハ、ハハハハハ
時おり聞き取れる言葉から察するに、誰かの悪口を言っているようです。
それに続いて、またバカみたいに甲高い笑い声が二つ。まるでチェーンソーで金属を切っているような、不快な音でした。
…ぅとかさ……そう…ぃみとか……死ね…死んで欲しい……
あと……ぇだ先生とか……マジで…殺すしか……殺す……
だんだん、この状況のおかしさに気づいてきました。
だってトイレの個室ドアというのは、人が中に入って鍵をかけている時だけ閉まっているものです。今、扉の向こうにいる女子二人は、誰かがこの個室に入っているとわかっているはず。
それなのにここまでの悪口で騒ぎたてるなんて。
キャハハハハハハハハハハハ
もはや悲鳴に近いほどの笑い声が、トイレ中に反響しています。
もう耐えられない。僕はとにかく、この息苦しさから逃れようと、ドアを内側からノックしたんです。
こつ、こつ。控えめに、しかし気づかれる程度に音をたてて。
ぴたり、と笑い声がやみました。しばらく体を緊張させていましたが、声どころか足音一つしない。ゆっくりドアを開け、顔を覗かせると、もうそこには誰もいませんでした。
そして男子用の小便器が目に入った瞬間、また別の寒気が走りました。
自分がいたのが男子便所なら、あの女子たちの声はなんだったんだ?
急いでトイレを出ようとしたところで、洗面の鏡が横目に入りました。
鏡に映った自分。その背中に、誰かがしがみついています。
制服を着た、二人の女の子でした。
鏡の中で、笑いながら、こちらの首元に手をまわしていたのです。
それから卒業までの間ずっと、屋上に続く階段で、昼休みを過ごすようにしました。
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7月4日 設置されては撤去されるブランコの秘密
7月6日 クラスメイトの机に置かれた手紙
7月9日 誰も来ないはずの男子トイレで目にしたもの
7月13日 息子に見えている母の顔
7月15日 内線電話から聞こえてくる声
7月19日 祖母に禁じられた遊び
7月22日 僕にだけ聞こえてくる音
7月27日 この子は大人になる前に死ぬから
7月30日 隙間から入り込もうとするもの