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組織のパワーゲームが好きな男、仕事の達成感が好きな女

組織のパワーゲームが好きな男、仕事の達成感が好きな女

社会学者の上野千鶴子さんが東京大学入学式で述べた祝辞が、4月以後、長く話題になっている。東大生による性暴力事件、全体の2割を超えない女子学生、そして「がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください」という言葉などへの反応は、賛否を含め大きな反響があった。
均等法世代として、上野氏さんの研究や言動に注目し続けてきた浜田敬子さんと、そのタイトルに驚きを覚えながら浜田さんの『働く女子と罪悪感』を読了した上野さんとがゆっくりと話す機会を得た。ほぼ初対面にもかかわらず、冒頭から話は切れ間なく続き……

「東大女子」であるということ

浜田 先日、東京大学の入学式で上野さんが述べられた祝辞は、大変な話題になりました。私が編集長をしているウェブメディア「ビジネスインサイダージャパン」のスタッフに東大卒の女性がいますが、「東大でこんな祝辞を聞ける日がくるなんて」と涙ぐんでいたほど。そんな感想も含めて、Twitterなどでの反響も入れた記事にしましたが、その記事もとてもよく読まれました。

ビジネスインサイダージャパンの記事 https://www.businessinsider.jp/post-189030

上野 私にとってもあの反響は想定外でした。前から言っているあたりまえのことばかりだったので。あの場に私を引っ張り出したことが事件だったんでしょうね。

浜田 AERA dot.を読ませていただきましたが、祝辞の内容についての事前チェックはなかったそうですね。

AERA dot.の記事 https://dot.asahi.com/aera/2019042200031.html?page=1

上野 数字の訂正だけでした。最初依頼の話を聞いたときは悪い冗談かと思いましたが(笑)、水面下で尽力して下さった方がいたことや#MeToo運動や東京医科大不正入試事件が起きたことが後押ししたのでしょう。

浜田 「上野さんは“自分とは違う価値観の人たちを受け入れましょう”というメッセージを述べる」とわかった上で、東大の執行部は祝辞をお願いした。東大の内部に「このままではいけない」という強い危機感があったからだと思います。

上野 東大にはすでに在日韓国人教授の姜尚中さんや高卒の教授・安藤忠雄さん、盲ろう二重の障がい者である教授・福島智さんもいらっしゃいます。祝辞でも触れましたが、東大が「変化と多様性に拓かれた大学」というところは確かにあると思います。ただ、女子学生の比率がなかなか上がらないことはかねてより懸案事項であることは知っていましたし、大学間格差と学生の出身階層の経済格差とが相関していることもわかっていました。「自分は恵まれた環境にいる」ということに気づいていない学生が多いんです。

浜田 これからリーダーになるべき立場の学生たちの視野の狭さ、想像力のなさについてはあとでじっくりうかがいますが、まず東大女子について。現役学生に話を聞くといまだに親に「女の子なんだから東大に行かなくていい」と言われた人が多いそうですね。そしていまだに東大女子が入れないサークルもある。東大新聞でもこの問題を取り上げていましたが、東大女子たちは大きな葛藤を抱えている。今でも「勉強ができる女子は怖い」「偉そう」というそこからのイメージに悩み、違和感を抱えている学生もいますね。

上野 「東大女子の割合が2割を超さないのは受験者が増えないから」、つまり自己責任だと言った人がいたそうですが、答えは祝辞の中にすでにあります。それは「アスピレーションのクーリングダウン(意欲の冷却)」の効果です。「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」と言って水をかけ足を引っ張ることです。大学に入る前から親に「そんなにがんばらなくていい」と言われ、能力を発揮するチャンスを奪われているんです。ノーベル平和賞受賞者で女子教育の必要性を訴えているマララ・ユスフザイさんのお父さんは、「娘の翼を折らないように育ててきた」とおっしゃっていますが、そのとおりですね。

男女雇用機会均等法は 紳士服仕立てだった!

浜田 私には娘がいますが、「女の子なんだから」という言葉を絶対に言わないように自戒しています。それでも、ときどき娘に「女の子だからお行儀よく座りなさい」などと言いそうになるんです。ぐっと言葉を呑み込みますが。「女の子はこうあるべき」という自分の中の刷り込みの根深さや恐ろしさを感じます。

上野 男の子にも同じことを言えばいいのだし、そこに「女の子だから」という理由をつけなくてもいいのに。

浜田 そうですね。新聞社で管理職になったときも、刷り込みの根深さを感じることがありました。たとえば女性の部下に管理職を打診すると、躊躇されることが多かった。理由は長時間労働がキツイとか、責任が重いのがイヤだということでしたが、根底にあるのは自信のなさ。「自分にできるんだろうか」という心理が働くのは女性の方です。男性であれば、どんなに「できない」人も管理職を打診されて断ったりしません。

浜田敬子氏
浜田敬子氏

上野 経験がなければ、男だって自信を持てないでしょうに。研究の結果では、男の方が自分を過大評価する傾向があることがわかっています。それに自信がなくても口には出さないでしょうね。

浜田 本当に同じ経験やチャンスを与えているだろうか、と感じます。たとえば、女性だから生活に密着した話題が得意だろう、といって特定の分野の取材に女性が多かったりする。表面上、男女同じように仕事をしているように見えて、その仕事の振り方に無意識にバイヤスがかかっていることも多い。そういう会社の構造的な問題によって、経験する分野が限られ、自信を持てなくなっている。

上野 ポストが人材を育てる、は男社会の常識です。女にも同じようにチャンスが与えられれば、いくらでも伸びる機会があったはず。でも女にも帝王学コースを歩ませる企業はありませんでしたね。そういえば男女雇用機会均等法が実施された頃も、同じようなことが言われていました。女性管理職を増やさなければならないからと、会社がキャリアや経験がない女性を抜擢した結果、周囲からの怨嗟と羨望を浴びた女性がつぶれされていった、とか。

浜田 「それ見たことか」と言われる。今も変わっていません。

上野 男女雇用機会均等法がうまくいかなかったのは、当然なんです。ジェンダー研究者の大沢真理さんが当時論文に書かれていたことですが、「この法律はテイラーメイド(紳士服仕立て)」だと。つまり「男仕立ての身に合わない服を着させられているようなものだから、それでも働けるような女だけが生き延びて、そうじゃない女は脱落していけという法律。うまくいくわけはない」とおっしゃっていました。まさにその通りでしたが、浜田さんはそんな中でも生き延びたサバイバル組ですね。

浜田 ずっとなりたかった新聞記者になれたのだから、続けていくためには紳士服に体を合わせるしかなかった、という感じです。

上野 法律ができたことで、女も夜勤や宿直勤務ができるようになったけれど、仕事の現場を変えたわけではなかった。浜田さんは寝る場所などの配慮もない中で、夜討ち朝駆けの支局勤務も経験されたんですよね。だから『働く女子と罪悪感』の感想をひとことで言うと「痛ましさ」でした。

浜田 はい。わかります。

上野 この世代の女は、こんなにも痛ましい思いをして働き続けてきたのか。それじゃあ、次の世代のロールモデルになれないな、と。

浜田 下の世代からは「浜田さんたちみたいにはできません」と言われます。でも私たちにもロールモデルがいなかったから、目の前にいた先輩たちのようにやるしかなかった。出産後も働き続けたいと思ったら、親を頼るか、お給料をつぎ込んでベビーシッターを雇うかの2択でした。

上野 子育てを親に頼むことを「アジア型解決」、ベビーシッターに頼むことを「アングロサクソン型解決」と言うんですよ。

浜田 親を地方から東京に呼んで夜中まで働いた私は、「アジア型解決」を選んでいたんですね。

浜田敬子著『働く女子と罪悪感 「こうあるべき」から離れたら、もっと仕事は楽しくなる』(集英社)
浜田敬子著『働く女子と罪悪感 「こうあるべき」から離れたら、もっと仕事は楽しくなる』(集英社)
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浜田敬子

はまだ・けいこ●1966年山口県生まれ。ジャーナリスト。上智大学法学部卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」編集部を経て、1999年から「AERA」編集部。2014年に女性初の「AERA」編集長に就任。17年に退社し「Business Insider Japan」統括編集長に就任、20年末に退任。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニンショー」、TBS「サンデーモーニング」などでコメンテーターを務めるほか、ダイバーシティに関しての講演を行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)がある。

上野 千鶴子

うえの・ちづこ●1948年富山県生まれ。社会学者。専攻は家族社会学、ジェンダー論、女性学。東京大学名誉教授。NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。著書に『家父長制と資本制』 『近代家族の成立と終焉』(ともに岩波書店)、『おひとりさまの老後』『上野千鶴子のサバイバル語録』(文春文庫)『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)、『女ぎらい』(朝日文庫)などがある。

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