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組織のパワーゲームが好きな男、仕事の達成感が好きな女

組織のパワーゲームが好きな男、仕事の達成感が好きな女

アグネス論争が 長年女性を洗脳し続けた!?

上野 浜田さんの『働く女子と罪悪感』の話をしましょう。最初タイトルを見て、ぎょっとしましたよ。どうしてこんなに暗いタイトルにしたの?(一同爆笑)「働くってこんなに暗いことなの?」「今でも女が働くのは悪いことなの?」というイメージを持たれます。

浜田 サブタイトルを「『こうあるべき』から離れたら、もっと仕事は楽しくなる」と、明るくしたんですけど(笑)。

上野 「女がお金や子どものために働くことは許容されているけれど、自分の生きがいややりがいのために働くのはぜいたくでわがままなこと」というメッセージだと受け取られてしまいそうです。

浜田 そういうふうに思いたくはないけれど、確かにそう思っていました。今でもその気持ちがないとは言い切れない。私はバリキャリとかエリートとか言われるのがすごくイヤなんです。全然そうじゃないし、ただ仕事が好きなだけ。でもそう言ったら「好きなことを仕事にできているのがぜいたく」と言われそうで。「つらい」と言わなければ責められるような気がするんです。

上野 対外的なパフォーマンスとしてオモテ向き、「つらい」と言っているんですか? 好きなことを仕事にできるのはすばらしく恵まれたことだから、責められることではないのに。

浜田 「私はたまたま恵まれていて、好きな仕事に就けた。だからいつも誰か――夫とか子どもとか社会に感謝しなくてはならない」と思ってしまうんです。

上野 でも、好きな仕事に就いている男はそんな罪悪感を覚えないでしょう。

浜田 確かにそうですね。ただ、この「罪悪感」という言葉に反応する女性がすごく多いのは事実なんです。「涙なくして読めない」と(笑)。

上野 そうなんですね。

浜田 男女雇用機会均等法制定から30年経っても、働く女性が罪悪感を覚える時代だということを書きたくて。

上野 子育てをしながら働いていた浜田さんが社内を見渡して「なぜ子育て社員は見えにくかったのか。それは彼女たちが社内で気配を“消していた”からだと思う。子育て中ということをむしろ周囲に悟られないように」と考えるところがありましたね。そこを読んだときに思い出したのが、アグネス論争です。30年前、タレントのアグネス・チャンさんの子連れ出勤をきっかけに「子連れ出勤OK」という考え方と「職業人も家庭人も、やるなら100%で。どっちつかずは許さない」という考え方が対立しました。当時私は女子短大で教えていたので、論争をまとめたものを学生に読ませたら、彼女たちの反応は「アグネスみたいなことしたらこんなにたたかれるのね。私は子どもが欲しいから、もっとおとなしくしていよう」というものでした。つまり、論争が逆効果の学習になったんです。浜田さんの本を読んで「あの頃の洗脳がずっと続いていたのね」と思いました。

浜田 それはあったかもしれません。職場の雰囲気が変わったのは、私が「アエラ」の編集長になってからだと思います。女性が管理職になる意味はいろいろありますが、ひとつは人それぞれの事情や立場を理解しやすいということ。もちろん男性にも、そうできる人はいますが。私が参考にしたのは、村木厚子さんが厚生労働事務次官在任中にされていたという事例です。育休から復帰する女性に、家族の事情を細かく書いて提出してもらうというもので、誰が保育園にお迎えに行くかとか、子どもが病気の場合は誰がケアするかとか、親やベビーシッターに頼んでいるかとか、詳しい事情を上司と共有できるようにされていた。私もアエラの全員に「簡単でもいいから、家族の事情で話しておきたいことがあったら書いて出してね」とお願いしたんです。

上野 そういう機会がなければ、特に男の人は家庭の事情を言いにくいでしょうね。

浜田 本当にそうでした。家族が病気療養中だとか、親を遠距離介護しているとか、初めて個々の事情を知って、コミュニケーションをとりやすくなったんです。「最近原稿が遅れがちだな」「出来がイマイチ」などと感じていた人に、実はそんなことがあったのかとわかったりもして。逆に言えば、職場である程度家族の事情がオープンになっていれば、どうしても早く帰らなければならないときに、必ず助けてくれる人が出てくるんです。その人に感謝することで、「次は自分が助けよう」という気持ちも生まれます。ただ、「家族の事情を職場で話させるのはハラスメント」という考え方もありますよね。

上野 公私の分離は、近代リベラリズムの原則です。ただ、公私の分離こそが女性抑圧の根源。男は「家庭は女の責任。自分には関係ない」と考えていたから、仕事に専念できたんです。でも最近は、「気配を消して」親を介護している男性も増えてきましたね。

浜田 「彼は何も言わなかったけれど、実はあの時家庭が荒れていたんだよ」みたいな話をあとから聞くこともよくあります。

上野千鶴子著『情報生産者になる』(ちくま新書)
上野千鶴子著『情報生産者になる』(ちくま新書)

同質の人しか知らない エリートの怖さ

上野 公私の分離を職業倫理だと思ってひたすら仕事をしてきた男性たちは、結局、何を手に入れたんでしょうね。

浜田浜田 なんでしょう……。体調不良も含めて、男性には人前でウィークポイントを出せないという心理があると思います。

上野 ウィークネスフォビア(弱さ嫌悪)は、エリート女性にもありますよ。

浜田 そういえば、ある大手企業の子会社で初の女性社長になった方が、「私は女性だからという理由で不利だと思ったことは一度もない」とおっしゃっていましたが、「嘘でしょう?」と思いました。私は記者時代に、同期の男性と比べられ、女性だから警察より市役所、教育担当、選挙も男性記者と最初から決められることがすごく悔しかった。組織のトップに立った女性にこそ、そういう悔しい経験を話してほしいのに、「なかったこと」にするんですね。

上野 エリート女性にありがちなのが自己責任論です。「私が今の地位に到達したのは私の努力と能力のおかげ」と考える。それは男女問わない傾向で、エリートになればなるほど自己責任を認める率が高くなります。でも実は底辺層でも、5割近くが自己責任論に同意しています。半世紀前までは、階級差や貧困を「世の中が悪いからだ」と言える風潮があった。でも今は「自分が悪いと言うしかない」という感じです。男女雇用機会均等法以降の30年間、「チャンスは平等」「がんばった人は報われる」と建前では言われてきましたが、現実はそうじゃない。ネオリベラル的な競争原理が浸透していったことが、学生を見ていてもよくわかります。

浜田 最初の東大の入学式の話につながりますが、将来日本のリーダーになるだろう東大生の多くは「ここにいるのは自分の努力と能力のおかげ」と思っている。それに対して上野さんは「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください」とおっしゃったわけです。インターネットの出現で、若い人たちは自分と似たような人たち、つまり同じような環境の人たちとしかつながらなくなりました。でもそれだと「自分たちの考えがすべて」と思ってしまう。すごく怖いことです。

上野 私は浜田さんより20歳近く上だけれど、高学歴でもずっと非常勤講師だった同世代の女が山のようにいます。彼女たちと私の差は本当に紙一重。能力ではなくて運であり、「周囲に理解者やメンターがいたかどうか」という環境の違いです。

上野千鶴子氏
上野千鶴子氏

浜田 本当にそう思います。『働く女子と罪悪感』を書きながら、「働き続けた女性と辞めざるを得なかった女性は何が違ったんだろう」とずっと考えていましたが、やはり運や環境ではないかと。努力とは違うところで決まっていった気がします。

上野 私と母はまったく違う人生ですが、それもまた紙一重の差であり、もしかしたら母と同じような人生を歩んだかもしれないという気持ちがリアルにあります。でもこれだけ格差社会になっていくと、同じような環境の人しか知らずに、違う価値観で生きている人たちへの想像力が働かなくなっていく。

浜田 どうすれば若い世代にその危機感が伝わるのでしょうか。

上野 やはり、格差が生まれた構造や背景を勉強してほしいですね。そのために私たちはジェンダー研究をやっているのだから。ありがたいと思ったのは、男女平等の度合いを示すジェンダー・ギャップ指数が発表されて、日本は世界で110位とか114位とはっきり数字で示されたこと。「日本はもう男女平等になっている」とか「これ以上女を優遇してどうするんだ」と言う男たちに、ちゃんとデータを見せて「これだけ差があるじゃない」と言えますから。

自己中女の出現が 世の中を変える?

浜田浜田 私は東大生の男の子たちがいろんなタイプの女性を知らずに、夫の思いを忖度したり、自分の思いを息子に託すような母親しか知らないとしたら、それも怖いことだなと思っているんです。

上野 母親が子育てで得た達成感は、代理満足ですよ。『働く女子と罪悪感』で浜田さんが書いていらした通り、働いていれば自力で得た達成感を味わえます。それはお金にも地位にも代えられないもの。浜田さんが「私は達成感ややりがいのために働いている」と言って下さったのはすごくよかったと思います。世の中の主婦から大バッシングが来るかもしれませんが、その達成感は子育てでは絶対に得られないものだと言って下さったことも。

浜田 ただ私の場合ちょっと屈折していて。「子どもに対して罪悪感がないことへの罪悪感」があるんです。

上野 「子育てと仕事、どちらの優先順位が上?」と聞かれたとき、女には「子育て最優先」を期待しても、男には期待しませんよね。私は女でも男でも、特にクリエイティブな仕事の人にとって達成感という報酬以上のものはないと思っています。ただ「仕事で得られる達成感が一番好き」というのは「子どもより自分が好き」ということ。はっきり言ってエゴイズムです。

浜田 そうなんです。そこがなかなか割り切れなくて。多分、自身の母の価値観を気にして引きずっている部分もあると思います。母世代の多くの女性は高度経済成長期のサラリーマンの妻で、専業主婦をしながら子どもを一生懸命に育てた。子どもが大学に行ってそれなりの職業に就くと誇りに思う一方で、子どもが娘の場合はしっかり子育てすることも求める。母世代の感情がアンビバレントというか。

上野 それは自分の人生を否定されたくないからですよ。ただ、彼女たちの世代には生き方の選択肢があまりなかった。アダルトチルドレンという言葉がありますが、「思うように生きられなかった」という母親の不全感を背負わされて傷ついた子どもがどれほど多いことか。私は子どもにとって最高の贈り物は「お母さんは自分の人生を生きているから、お前も自分の人生を生きていいよ」というメッセージだと思っています。子どもに対して「この世でお前を一番愛しているよ」という言葉と「私は自分が大事だから仕事で得られる達成感が一番好き」という言葉は、決して矛盾しないはずです。

浜田 そうですね。子どもが母親を全面的に頼らなければならないのは小さい頃の一時期。たとえ子どもが「お母さんはかまってくれない」と言ったとしても、楽しんで生きている母親を見ているうちに理解してくれるでしょうね。

上野 そうですよ。そもそも子どもがそんなことを言うのは、周囲と比べるという社会性を持ったから。昔の農村のように、どの家の母親も子どもをじいさんばあさんに預けて働いていた時代は、誰もそんなことを思わなかったでしょう。

浜田 上野さんとのお話を通して、働く女性にとって何より大事なのは仕事の達成感だと、改めて思いました。正社員とかパートとか雇用の形態に関係なく、小さくても達成感を経験できたかどうか――たとえば「ありがとう」と言ってもらえたとか、「やってよかった」と思えたとか。それがさきほど話題になった「紙一重の差」につながるのではないでしょうか。小さなことでも積み重ねていけば、変化につながる可能性があると思います。

上野 私は今、介護について研究していますが、介護職の人たちは労働条件が厳しくても「仕事が楽しいんです」「達成感があります」とおっしゃいます。多分それは、自分の接し方でお年寄りに変化が起きるから。「自分の成長がうれしい」というのは「自分が好き」ということ。それは人間としてあたりまえのことだと思います。

浜田 人間が本来持っているものですよね。

上野 最近よかったなと思っているのは、今の若い女たちはみんな自己中ということ。専業主婦になりたい若い女の子だって、決して「夫や子どもの利益を自分の利益より優先したい」と思って専業主婦志向になるわけじゃない。「専業主婦になることを通じて自己利益を優先する」という生存戦略からです。もしかしたらこんなに自己中の女たちが生まれたのは、日本史上初めてかも(笑)。長年自己利益を優先してきた男たちと彼女たちとががっぷり組み合うことができれば、初めてちゃんとした男女関係が築けるかもしれませんね。(了)

構成・文/山本圭子
撮影/chihiro.

◆浜田敬子さんの特集対談①はこちらから→https://yomitai.jp/special/hamadakeiko-01/

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浜田敬子

はまだ・けいこ●1966年山口県生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業後。朝日新聞社に入社。前橋、仙台支局を経て、93年に「週刊朝日」編集部、99年に「AERA」編集部へ。06年に出産し育児休業取得。2014年に女性初のAERA編集長に就任。その後、総合プロデュース室プロデューサーを経て、17年に退社し、「Business Insider Japan」統括編集長に就任。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」やTBS「あさチャン!」「サンデーモーニング」などでコメンテーターを務める他、「働き方」などのテーマでの講演も多数行なっている。

上野 千鶴子

うえの・ちづこ●1948年富山県生まれ。社会学者。専攻は家族社会学、ジェンダー論、女性学。東京大学名誉教授。NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。著書に『家父長制と資本制』 『近代家族の成立と終焉』(ともに岩波書店)、『おひとりさまの老後』『上野千鶴子のサバイバル語録』(文春文庫)『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)、『女ぎらい』(朝日文庫)などがある。

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