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「子どものいないあなたにはわからない」で口を閉ざしてしまわないために――武田砂鉄×高瀬隼子 対談「父/母ではない立場から書くということ」

男友達は子どもがいても都合がつけられる

高瀬 私は今年35歳になるんですけど、同世代の友達は子どもがいることでの大変さとかを話してくれるので、そこをきっかけに第三者として考えることができます。でも、顔が浮かぶのが女性の友達ばかりなんですよね。男性の友達もいるのに、彼らとはちょっとしか話をしてないんですよね、子どもがいることについてのいろいろなこと。
ご飯に誘うとか飲みに誘うのも、子どもがいる女性の友達には結構早めに日程調整をして、この日のこの時間にしようって決めるけど、男性の友達は職場の同僚も含めて、来週飲みに行こうよとか、行くまでのスパンとか準備が短かったりするなっていうのもふと思いました。

武田 そうですね。本の中にも少し書きましたが、男性に子どもがいる・いないっていうのは、もちろん把握はされるんだけど、その詳細を外に出さないままいられる状況があります。女性はなかなかそうはならない。日本の社会状況ともリンクしてきます。男性は、オプション的に子どもの話をしたり、子育ての話をしたりすることができる。この本のために男性の子育て本をいくつか読んで感じたことですね。

高瀬 本の中でも、「子育てをするとこんないいことがありますよ」っていうふうな文脈で、お父さん、パパの話では書かれていることが多いっていうエピソードがあって、ちょっとショックというか、うろたえてしまって。それ、私も人に言ったことなかったかなって。そこまで同じニュアンスじゃなくても、お子さんが生まれた男友達に「子育て頑張ってるんだよね」って言われたときに、「すごいじゃん」とか、いたわりより褒めるほうの言葉を差し出したような記憶があったりして。普段、フェミニズムに関心がある立場でいたいと思っている自分の中にも、ベースの部分で男性と女性の育児に、違う反応をしているんだって気づいたんですね。
「パパになるメリットがあるので、パパを頑張りましょう」というようなことが男性向けの育児本には書かれているってことで、その事実と、自分もそう反応していたことの両方のショックがありました。

第三者として「腰を浮かせる」準備をする

武田 この本の刊行に合わせて、『週刊読書人』で詩人の小池昌代さんと対談をしました。小池さんの新しい小説『くたかけ』(鳥影社)と自分の本を巡っての対談でした。小池さんがそこで、この「父ではありませんが」の「が」がいいね、と言ってくださったんです。

高瀬 「が」がいい。

武田 『父ではありません』っていうタイトルだと、「父ではありません!」って座っている感じがする。でも、「が」があることで、ちょっと腰を浮かしている感じが出る。物申すわけじゃないんだけど、関与しますよ、という。それを見事に言い当ててくださったなと思って、嬉しかったんです。

「何々ではありません」という主張もそれだけで認められるべきですが、「ありませんが」の「が」で、ちょっと腰を浮かす感じでコミュニケーションしたり、意見を届けたりすることを繰り返していきたいなと思うんです。父になる・母になるというテーマだけじゃなくて、あらゆる問題で、「ではありませんが」で腰を浮かす感じをやっていったらいいんじゃないかなって。

高瀬 「ではありませんが」の立場で関わるときに、自分もそうでありたいんです。でも、知識がないから、経験がないから言えないなとか、尻込みしてしまうっていう場面が結構あるんですけど、それでもぽんっと手を伸ばしたり、一言言うと、教えてくれる人がいるとは思うんですね。そこの教えてもらう前の第一歩がなかなか踏み出せない。
コミュニケーション下手っていう性格的なところもあると思うんですけど、「知らないことが恥ずかしい」みたいな気持ちも結構あるかもしれないです。「こんなのも知らないんだ」って言われるんじゃないかとか。

武田 それを取っ払うのって難しいですよね。どんなことであっても、とんでもなく詳しい人がいる。そして、いろんな説を唱えてくる人がいる。「これを言ったら何か言われるんじゃないか」って考えていると、何も言えなくなってしまいます。

高瀬 そうなんです。だから、これについて語るとか論ずるまではいかなくても、何か問題が発生したときに、せめて「駄目でしょう」だけでも言えるようでありたいとは思います。

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新刊紹介

武田砂鉄

たけだ・さてつ
1982年生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。2015年『紋切型社会』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。他の著書に『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』『べつに怒ってない』『今日拾った言葉たち』などがある。週刊誌、文芸誌、ファッション誌、ウェブメディアなど、さまざまな媒体で連載を執筆するほか、近年はラジオパーソナリティとしても活動の幅を広げている。

高瀬隼子

たかせ・じゅんこ
1988年愛媛県生まれ。立命館大学部文学部卒業。2019年「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞し、デビュー。2022年『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)で第167回芥川賞を受賞。その他の著書に『犬のかたちをしているもの』『水たまりで息をする』(ともに集英社)がある。

撮影/露木聡子

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