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「子どものいないあなたにはわからない」で口を閉ざしてしまわないために――武田砂鉄×高瀬隼子 対談「父/母ではない立場から書くということ」

言いにくいけど「共感しました」

高瀬 武田さんのこの本は、「共感おばけ」の話も出てくるので、「共感しました」という感想はすごく言いにくいんですけど。

武田 劇作家の本谷有希子さんが、「今はどんな話をしても共感されてしまう。共感はどこにでも顔を出す。共感おばけだ」とおっしゃった話ですね。「共感おばけ」って、実にいい言葉だなと思ったんですけど、その「共感おばけ」っていう言葉に共感してしまうわけです。

高瀬 そうなんです。しました。

武田 あらゆるところで「うんうん、共感しました」という状態が生まれる。何の話をしても、「わかる、わかるよ」という声が湧いてくる感じ、確かにおばけ感がありますよね。

高瀬 という話を受けて言いにくいんですけど(笑)、本当に1ページめくるごとに「わかる」って思って読んだんです。
武田さんが、自分が書いた言葉に、「自分はなんてヒドいことを思っているのだろう」と思う、でも、だからこそそのまま書き残したっていうところがあって。私も、小説じゃなくても、メモとかでも、ひどいことを考えている自分に書いていて気付くことがあるので。
ただ、共感で終わるだけではなくて、反省もしました。

武田 えっ、反省するところがあったんですか?

高瀬 親である当事者に向けられる、第三者からの呪いの言葉について書かれているところがあって。例えば、小さなお子さんがいる方が、見たかった映画を見に行ったっていう話を聞いたときに、「映画、見に行ける時間あって良かったね」って言ってしまうとか。

武田 言っちゃいますよね。

高瀬 自分もそれ言ってきたなと思って、すごく恥ずかしくなって。面白かった? 映画良かった? どんな映画だったのって言えばいいのに、その人にとっては育児が最優先事項だって外野の私が決め付けて、「行けて良かったね」っていう評価をなぜ私がするんだという。そこを読んで、うわーってなりました。

武田 子育てしている人がどういった時間の割り振りで暮らしているかなんて、外にいる自分にはわかりません。今、高瀬さんがおっしゃったように、優先事項が何なのかというのはその人によって、その日ごとに違うはず。でも、「あの人は今、子育てをしながら働いている」という把握だけをしていると、時間がないのに映画に行けたみたいだ、わぁ、良かったじゃん、と外野が勝手に決めてしまう。

高瀬 そう。しかも、それを言っているときの自分は「いたわり」みたいな気持ちで言ってるから、手に負えないなと思いました。

武田 そうなんですよ。なんなら、よく気付いたな自分、ってくらいの気持ちになっていますもんね。

高瀬 ここを読んだとき、ずっとわかる、わかるで読んできたのに、わかると思ってめくったページにぶん殴られた感じがしました。

武田 今回の本は、「である」人と「ではない」人がわかりあうことを目指そう、という本ではないんです。「それぞれがそれぞれでやっておりますんで……」という形でいいんじゃないかと。仲違いするっていうことじゃなくて、「それぞれでやってます」ってことをお互いに丁寧に確認できないだろうかという提案をまぶしたつもりです。

高瀬 わかるけど自分は言語化できていなかったし、書けてもいなかったし、自分の頭の中でもそれを整理して考えられていなかったことが、この本の中で書かれている感じがあったんですね。なので、読んでいてわかるんだけど、知らなかったっていう感覚がありました。それがすごく面白かった。

「ムカつき」など、日々の出来事や感情を記したメモを作っているという高瀬さん
「ムカつき」など、日々の出来事や感情を記したメモを作っているという高瀬さん
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新刊紹介

武田砂鉄

たけだ・さてつ
1982年生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。2015年『紋切型社会』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。他の著書に『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』『べつに怒ってない』『今日拾った言葉たち』などがある。週刊誌、文芸誌、ファッション誌、ウェブメディアなど、さまざまな媒体で連載を執筆するほか、近年はラジオパーソナリティとしても活動の幅を広げている。

高瀬隼子

たかせ・じゅんこ
1988年愛媛県生まれ。立命館大学部文学部卒業。2019年「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞し、デビュー。2022年『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)で第167回芥川賞を受賞。その他の著書に『犬のかたちをしているもの』『水たまりで息をする』(ともに集英社)がある。

撮影/露木聡子

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