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聞かない女〜男への平和的質問の手法なんてある? の話

聞かない女〜男への平和的質問の手法なんてある? の話

 大学一年生と言えば多くの人がそれまでのセックスをしてみたいっていうだけの恋愛に終止符を打ち、セックスを使って孤独を埋めるような恋愛をものすごい勢いで始める時期だけど、同じ学部で一番最初に仲良くなった女はまさに良識に邪魔されず、疑問を解決するプロだった。

 彼女がちょっとイイナと思った一学年上の男と映画デートを一回、カラオケとご飯を一回して、ついに彼の自宅に泊まり、次の日にランチをして別れる間際、特に言葉にされていない何かがひとしおのクエスチョンマークを作ったわけだが、彼女はサンドイッチ屋さんでランチを終えて駅まで送ろうとする彼のジャケットの袖、それも二の腕に近い肘あたり、身頃に近い内側の絶妙なところを掴んで「ねえねえ」って声をかけて彼が目を合わせるか目を合わせないかくらいの角度でこちらを向いた時に「これってサ、付き合ってんのかな」と聞いて、言い終わるか言い終わらないかくらいの絶妙なタイミングで目線を彼の目から手元あたりに一気に下ろすと、それまで特に言葉にはしない関係にしといてもいいかなくらいに適当に都合よく考えていた彼が何故かズキュンと心を決めて「付き合っちゃうか」と言った。
 と、いう話が私が今まで聞いた「この関係ってなんなのよ」詰問の一番スマートでキュートな成功例。

 当然、こんな才能は凡人にはない。

 彼女の成し遂げた偉業はシンプルでわかりやすく、真似しやすいと踏んだ若かりし頃の僕、こと鈴木は絶対いいタイミングでこの技、自分のものにしてやるぜと意気込み、いよいよ使えそうな機会が巡ってきた時(大学生にはそんな機会は死ぬほどくる。というか大体クエスチョンが浮かび上がる朝を迎える)、ここぞとばかりに「ネーネーこれって付き合ってんのかな」と、ほぼ完コピで彼女の技をなぞってみたものの、付け焼き刃で学んだ魔法を使いこなせる技量なんてないわけで、思い上がった凡人を待ち受けていたのは「そういうこととか俺気にしないけど、とりあえずお前といるの好きだよ」と、この世で一番残酷な返しであった。それ以来、もともとない才能におびえが加わって、一度も男の服を掴んで「ねえねえ」なんていう芸当はやれていない。

 私ほど悲しい物語を重ねていなくとも、大体の女は「聞きたい」と「良識」の狭間で非常にバランスの悪いジャンプをしてしまう。

 そうやって生きてきた女が私の近しい友人たちであって、別に仕事と心中する気もなければ出世する気も別になかったのに無駄にキャリアは積み上がり、わりと恋愛体質だっていうのに恋愛でことごとく痛々しい過去を積み上げて、いらない積載物を載せて今宵も恵比寿あたりを蛇行運転している。なぜかって、なんだかんだNOと言えない男とスギ花粉の多いこの国で、余程才能がある者が片付いた後に片付くのは、良識という名の檻の中でぐるぐるまわる女じゃなくて、ウザイ・オモイを恐れない女の方だから。

 良識女と言えば聞こえはいいが、良識を言い訳に自分のプライドを守るため勝手にストレスを溜める女のことで、しかしそんな鋼のメンタルだって限度っていうものがあるので膨らましすぎるともちろん爆発する。で、10代のそういう女の爆発がシャボン玉のポンとこわれる音、20代のそういう女の爆発が水風船が壁に当たって弾ける音、くらいのイメージだとしたら30代の女のそれは、はたから見ればカエルが車に轢かれて破裂するくらい無様ぶざまで、音はブービークッションくらい不恰好で、北朝鮮の核実験並みに有害で、残骸は道に落ちて潰れた卵くらい惨めなものである。

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新刊紹介

鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中にキャバクラ嬢として働くなど多彩な経験ののち、卒業後は2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、世相に関するエッセイやコラムを多数執筆。
近著に『女がそんなことで喜ぶと思うなよ 愚男愚女愛憎世間今昔絵巻』など
公式Twitter @Suzumixxx

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