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【佐藤賢一緊急特別寄稿】世界史から見るウクライナ情勢「ウクライナは引かない ロシアが引くしかない」

クリミア自治共和国でのロシア編入の住民投票

 そのロシア人たちだが、ウクライナが独立国となっても、そこを動かなかった。無理に動かすわけにもいかない。ロシア人は出て行け、家も土地も財産もあきらめて、ロシアに移れというならば、それこそ国家の横暴だ。このロシア人たちとて、ウクライナの国民であり、市民なのだ。主権在民の原則に照らすなら、このロシア人たちの考えが、無視されてよいわけではない。
 そこで問われたのが、ウクライナのEU加盟、NATO加盟の動きである。このロシア人たちとて、ウクライナに属する市民として、これぞウクライナ発展の道と認めて、賛成することも考えられる。が、やはりロシア人として、同じロシア人の国であるロシアとともに歩みたいと、そう考える人がいても不思議ではない。それが許されないのなら、ウクライナ人であることを止めたい。自分たちが住んでいる土地ごと、ロシアに移りたい。そう主張を進めることとて、ありえない話ではない。
 難しい問題だという所以だが、実際の経過を追うなら、マイダン革命またはユーロマイダン騒乱から程ない二〇一四年の三月十六日、クリミア自治共和国で、そのロシア編入の賛否を問う住民投票が行われた。住民が自発的に行ったのか、すでに背後でロシア政府が動いていたのか、いずれとも定かでないが、結果をいえば九六・七七パーセントの圧倒的な多数で編入賛成だった。
 これを受けてロシア政府は十八日、クリミア自治共和国の編入を宣言した。ウクライナ政府は住民投票を違法とし、投票結果についても公正でないとした。国連もクリミアの住民投票を無効とする決議を採択した。他方のロシアはといえば、投票結果は住民の意思であり、自分たちの強制ではないとして、さらに実力行使で併合に踏みきっている。
 ほぼ同時に、ドネツク、ルハンスクの東部二州もロシア併合を目指して、それぞれ自治共和国としての独立を宣言した。ウクライナ政府は鎮圧の軍を送りこんだが、二州も独自の軍で抗戦、たちまち戦闘状態になる。これをロシアは内乱と呼んだわけだが、二州が簡単に自前の軍を持てるわけがない。ロシアが武器弾薬を供与した、のみならずロシア軍の兵士が投入された、というよりロシア軍が自治共和国軍を名乗っているだけだと、ウクライナのほうではロシアとの戦争と呼ぶことになる。
 いずれにせよ、二州の自治共和国は抵抗を続けた。相当程度の地域を占領して、その実効支配を二〇一四年からだから、もう八年も続けている。これをウクライナ軍は、無理にも蹴散らそうとするかもしれない、早く独立を承認して、それを保護してやらなければならないと、こたびロシア政府が侵攻開始の名分とした運びは、周知の通りである。

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新刊紹介

佐藤賢一

1968年山形県鶴岡市生まれ。山形大学教育学部卒業。東北大学大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得満期退学。
1993年『ジャガーになった男』で第6回小説すばる新人賞受賞。99年『王妃の離婚』(集英社)で第121回直木賞受賞。2014年『小説フランス革命』(集英社)で第68回毎日出版文化賞特別賞受賞。2020年『ナポレオン』(集英社)で第24回司馬遼太郎賞受賞。主にヨーロッパ史を題材とした歴史小説を多く手掛けているが、近年は日本、アメリカを舞台とした作品も発表し舞台化されたりなど話題となる。日本語のみならず、フランス語などの外国語文献にもあたり蓄積した膨大な歴史的知識がベースの小説、ノンフィクションともに評価が高い。
著書に下記などがある。
<小説>
『傭兵ピエール』『双頭の鷲』『カルチェ・ラタン』『オクシタニア』『黒い悪魔』『褐色の文豪』『ハンニバル戦争』『ナポレオン』『女信長』『新徴組』『日蓮』『最終飛行』ほか。
<ノンフィクション>
『英仏百年戦争』『カペー朝』『テンプル騎士団』『ドゥ・ゴール』『ブルボン朝』ほか。
<漫画原作>
『傭兵ピエール』『かの名はポンパドール』

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