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【佐藤賢一緊急特別寄稿】世界史から見るウクライナ情勢「ウクライナは引かない ロシアが引くしかない」

ロシアがつけいる隙があった

 ヤヌコーヴィチはキエフから自らの地盤である東部に逃れた。これを議会は職務放棄とみなし、大統領の失職を宣言したことで、政権はあっけなく倒壊した。後を承けたポロシェンコ政権は、親欧米路線に舵を戻し、それがウクライナの今の流れにつながっている。
 難しいどころか、何の問題もないようにみえる。
 いや、隣国のロシアは、ゆめゆめ歓迎できない。ソ連時代と変わらず、ウクライナを自らの勢力圏に留めたい。少なくとも中立地帯にしておきたい。それなのにウクライナがEUとNATOに加盟すれば、眼前に「敵国」が出現する形になるのだ。確かに喜べないだろうが、どうしようもない。ウクライナは独自の主権を有する独立国だからだ。そうであるかぎり、内政干渉は許されないのだ。
 このロシアがつけいる隙があった。それがウクライナにおけるクリミア自治共和国と、ドネツク、ルハンスクの東部二州だった。これらの地域には、ロシア人が多く住んでいた。ウクライナ国籍ながら、ロシア語を話し、自らをロシア人と思う人々である。ウクライナは古くはロシア帝国の一部であり、ソビエト時代も連邦内の一共和国だった。ウクライナ・ロシアの間に、かつて国境はないに等しかったのだ。
 ロシア人が多く住んでいて不思議でない。特にクリミアは重要な海軍基地であり、勤務のロシア兵が定住したケースが少なくなかった。さらにいえば、元がクリミア・ハン(クリム・ハン)国で、キプチャク・ハン国から分かれたモンゴル人の国だった。これを十八世紀になって、ロシア帝国が征服した。ウクライナに移されたのはソ連時代の一九五四年で、当時の共産党書記長フルシチョフがウクライナ出身だったからだ。それだけなので、領有の根拠が薄いといえば薄い。もう六八年たつといえば六八年たつが、なお伝統的なウクライナであるとはいいがたい。ましてや住民の多くは今もロシア人なのだ。

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新刊紹介

佐藤賢一

1968年山形県鶴岡市生まれ。山形大学教育学部卒業。東北大学大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得満期退学。
1993年『ジャガーになった男』で第6回小説すばる新人賞受賞。99年『王妃の離婚』(集英社)で第121回直木賞受賞。2014年『小説フランス革命』(集英社)で第68回毎日出版文化賞特別賞受賞。2020年『ナポレオン』(集英社)で第24回司馬遼太郎賞受賞。主にヨーロッパ史を題材とした歴史小説を多く手掛けているが、近年は日本、アメリカを舞台とした作品も発表し舞台化されたりなど話題となる。日本語のみならず、フランス語などの外国語文献にもあたり蓄積した膨大な歴史的知識がベースの小説、ノンフィクションともに評価が高い。
著書に下記などがある。
<小説>
『傭兵ピエール』『双頭の鷲』『カルチェ・ラタン』『オクシタニア』『黒い悪魔』『褐色の文豪』『ハンニバル戦争』『ナポレオン』『女信長』『新徴組』『日蓮』『最終飛行』ほか。
<ノンフィクション>
『英仏百年戦争』『カペー朝』『テンプル騎士団』『ドゥ・ゴール』『ブルボン朝』ほか。
<漫画原作>
『傭兵ピエール』『かの名はポンパドール』

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