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京都の外れの伝説のカーショップで考えた「起業がもたらす幸福」とは?

会社がなくなることから始まる、そこそこ起業

「クサンティア(フランス語ではエグザンティアをこう発音します)なら、事務所の方においてますので、せっかくなのでどうぞ」

 京都にある伝説のショップ、ということで一見さんお断りの敷居の高いお店じゃないかと警戒していたのですが、そんなこともなく社長さんは非常ににこやかに私を事務所に招いてくれました。事務所とはいっても、手作りのコンテナハウスのような建物が一つに、二台分の整備スペースがある小さなショップでした。その事務所の前には、先の駐車場に置かれていたものより少し年代の新しいシトロエンが一通りディスプレイされていました。

「一瞬、泥棒か何かかと思ったのですけど、あきらかに車が好きそうな人だったので、声をかけさせて頂きました」

 笑いながら話し始めた社長さんなのですが、一通り在庫のエグザンティアの紹介をした後は、セールストークらしきものをすることもなく、そこから2時間ばかりクルマだけでなく、バイクの話や釣りの話など、お互いの趣味についてあれこれ話に花を咲かせてしまいました。初対面でこれだけ話をしてくれると、フィールドワーカーの血が騒ぎます。自然と、なんで京都の中心部から離れているだけでなく、最寄り駅からも遠いこの場所に、シトロエンの専門店を開いたのかについて、話を聞いてみました。

「昔、勤めていた会社が……知ってはると思いますけど、シトロエンは国内の取り扱いディーラーがゴタゴタしましてね。それで、色々あったんですわ」

 当初は西武自動車販売で日本国内での販売を開始したシトロエンなのですが、その後に同時並行でマツダでの取り扱いも開始され、更に販売不振などの影響から販売そのものが一時ストップした後に、直営の正規ディーラーが設立されるなど、販路が二転三転しました。当時、販売店に勤めていた社長さんも、この二転三転する状況の中で、会社の経営方針がより販売台数重視の方向に変わってしまい、シトロエン=外車を乗ることを十分に理解していないお客様からのクレームなどで、ストレスを感じていたそうです。

「結局、会社の方針に振り回された挙げ句に、シトロエンを続けられなくなって。そうしたら、私もメカニックも路頭に迷ってしまうだけじゃなくて、シトロエンが好きなお客さんにも迷惑をかけてしまうじゃないですか。それでハゲるほど思い悩んだ結果、思い切って会社作ることにしたんですわ」

 当時営業マンだった社長さんは、勤務先がシトロエンの取り扱いを止めたことを機に、メカニックの方々と一緒にこの会社を、文字通り一から手作りで立ち上げました。シトロエンという車に惚れ込んだお客さまと、自分たちの場所を守るための決断だったそうです。

「こんな山の中だから、ドライブ中に見て思いつきでお店に入って買っちゃう人はほとんどいないんですよ。色々雑誌にも紹介されていますけど、ありがたいことにシトロエンが好きな人は、どこからか情報を拾ってうちに来てくれるんですよね」

 社長のおっしゃるとおりです。私もその一人でした。当然のごとく、会社設立の経緯も含めて一通り話を聞いた後、そのままエグザンティアの契約を済ませてしまいました。半日近く、このお店にいたでしょうか。

 そのエグザンティアは7年ほど乗り、13万キロまで走行距離を伸ばしました。「国内のエグザンティアではおそらく最長の走行距離」までたどり着き、「世界記録の22万キロを目指しましょう」と話していたところで、ギアボックスそのものが故障して泣く泣く廃車となりました。ちなみに、恐れていたオイル漏れがあったのは一回だけで、ギアボックスが壊れるまで故障らしい故障は一切ありませんでした。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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