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鈴木光司「海の怪」
地球の表面は70%が海。
しかし、その実態のほとんどがいまだヴェールに包まれている。
国内外の海を船で渡った男だからこそ知る、海の底知れぬ魅力と恐怖とは――
その出来事は、単なる気のせいか、この世のものならぬものからのメッセージか……。
『リング』をはじめとした一連の作品で、ホラー界に金字塔を打ち立てた鈴木光司。
見聞きした実話をもとに語る、海をめぐる畏怖と恐怖に彩られた読み切りエピソード。

誰か、いる。

海の怪 第10回

 鹿児島県の屋久島より南、奄美大島までの間に位置するトカラ列島。
 中には、かつては人々が暮らしていたが、今では誰もいなくなった無人島がいくつかある。
 2002年の初夏、僕たちが足を踏み入れた臥蛇島もそのひとつだ。むろん、フェリーは立ち寄らないし、連絡船もない。無人の地に降り立てるのは、船を操る人間の特権だ。
 
 僕たちのクルーズでは、まるで奴隷船のように、行く先々でメンバーが乗り降りする。屋久島に着いたときは、操船部隊3人、客人4人が船に揺られていた。
 当初の予定では、横浜から出航して沖縄へ向かうはずだったのだが、不運なことにふたつの台風に行く手を阻まれ、沖縄への到達を断念せざるを得なくなった。
 そこで、クルーのひとり、僕の右腕であるKくんが提案してきたのが、臥蛇島という無人島への上陸だった。
 彼は屋久島の隣の種子島出身で、周辺の海域に詳しい。その提案に二つ返事で答え、小さな島の冒険へと向かうことにしたのだ。

 臥蛇島が無人島になったのは、50年も前のことだ。急峻な地形は漁港には不向きで、大時化で欠航が続く日も少なくなかったという。島民が内地へと集団移住をした最後の日には、既に4世帯16人しか残っていなかった。
 今では、ほとんどの住居が朽ち果てているだろうが、人々の暮らしの痕跡は残っているだろう。いわゆる「廃墟」めぐりのようで興味が湧く。とりあえず行ってみて、上陸したい者だけ島に入ろうという話になった。

 クルーの中で、この無人島行きに特に前のめりだったのが、遊び半分で参加してきたGさんだ。自主的に行きたい人間を募ったとき、真っ先に「はい!」と手を挙げた。
 ところが、いざ臥蛇島の沖合に到着という段になっても、船酔いにすっかりやられたGさんは、グロッキーになって寝込んだままだ。
 「ほら、着いたぞ!」と声をかけたが、
 「い、行く……ウェー!」と嘔吐しヨレヨレながらも、彼女は上陸チームに加わった。

 一見したところ臥蛇島に桟橋はなく、しかも海が深すぎて、アンカーを打つこともできない。アンカーを打てるのはせいぜい5mくらいで、それより深い場合は大型船でない限り、沖合でドリフトしておく必要がある。
 危険がなければエンジンをとめて、どこかにぶつかりそうになったらエンジンをかけて離れる。要するに、漂流状態でそこにとどまって、適当に操船しながらふらふらしているしかないのだ。
 船には必ず2、3人は残らなければならい。上陸部隊は4人が希望した。周辺の海に明るいKくんには船に残ってもらうことにして、いざというときは携帯で連絡を取り合うことにした。

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鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。

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