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鈴木光司「海の怪」
地球の表面は70%が海。
しかし、その実態のほとんどがいまだヴェールに包まれている。
国内外の海を船で渡った男だからこそ知る、海の底知れぬ魅力と恐怖とは――
その出来事は、単なる気のせいか、この世のものならぬものからのメッセージか……。
『リング』をはじめとした一連の作品で、ホラー界に金字塔を打ち立てた鈴木光司。
見聞きした実話をもとに語る、海をめぐる畏怖と恐怖に彩られた読み切りエピソード。

3泊4日、監獄クルーズ

海の怪 第9回

 以前、南太平洋のライアテア島でヨットを借りて、家族4人でボラボラまで行ったことがある。
 静かな湾に停泊するときは、大抵ブイを拾ってロープをくくりつけ、ボートをおろして上陸する。アンカーを打つという手もあるが、強風が吹くと流されてしまう可能性があるため、停泊させるならブイのほうが安心だ。
 もちろん、桟橋に横付けするのがベストだが、桟橋なんてめったにない。マリーナがあれば桟橋もあるが、ボラボラにはマリーナがなかった。

 カタマランヨットは、リビングルームが広く、4ベッドルーム、2バスルームと居住性がすこぶるいい。寝泊まりはヨットですればいいし、島に上陸して遊ぶこともできる。そのときも、レンタカーで島を一周して、ホテルのプールで遊び、レストランで食事をして、夕方になると小型ボートで船に戻り、デッキからボラボラを眺めながらシャンパンを楽しんだ。

 夜になると、狭い海峡を抜けて大型客船がやってきた。まるでビルが一棟流れてくるような迫力だ。船は湾の真ん中あたりで、ガラガラガラガラと音を立てながらチェーンのアンカーを落とした。どうやらここで停泊するらしい。
 乗客はデッキからボラボラを見ているのだが、桟橋がないので上陸できない。結局、その豪華客船はそのまま1泊しただけで帰っていった。
 それを見た娘たちは、なんてつまらないと言ったものだ。
 
 ヨット乗りの僕にとって、豪華客船は“動く監獄”である。島を見たら上陸したくなるのが船乗りの性。眼前に美しい島があるのに上陸できないのは、拷問に等しい。
 桟橋があれば下船はできるが、なければアンカーを打って小型船で行ったり来たりしながら上陸させる。希望者を募っていくのだろうが、上陸先で解散というわけではなく、必ずバスが待っている。自由時間は一切ない。

 豪華客船に乗ったことはないが、一度だけ3泊4日のナイル川クルーズに参加したことがある。客数100人程度のコンパクトなものだった。
 エジプトのアスワンから出発して、あちこちに立ち寄りながらルクソールまで行き、解散となる。
 途中で降りたときは、観光バスが待っていて、王家の墓や宮殿に連れていかれて、また全員で船に戻る。
 僕にとっては滅多にない経験だったが、その船の中で事件は起きた。

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鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。

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