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鈴木光司「海の怪」
地球の表面は70%が海。
しかし、その実態のほとんどがいまだヴェールに包まれている。
国内外の海を船で渡った男だからこそ知る、海の底知れぬ魅力と恐怖とは――
その出来事は、単なる気のせいか、この世のものならぬものからのメッセージか……。
『リング』をはじめとした一連の作品で、ホラー界に金字塔を打ち立てた鈴木光司。
見聞きした実話をもとに語る、海と水をめぐる畏怖と恐怖に彩られた読み切りエピソード。

海と梅

海の怪 第11回

 危険な場所には、大抵ジンクスがあるものだ。
 海にも昔からやってはいけないと言い伝えられていることがある。
 その中のひとつが、“海に梅干しの種を捨てること”。船乗りなら、みんな知っている。
 梅干しの種を捨てると海が荒れると言われている。

 2006年の航海は、九州を一周しながら、島々を巡る旅であった。途中、指宿に寄港して仲間と合流する段取りになっていた。
 全員がそろったところで、指宿から土佐清水に向かうことにした。土佐清水は四国最南端の足摺岬がある場所だ。

 夕方に指宿を出港して、難なく佐多岬をかわした。その日はべた凪で、これまで経験した夜の航海の中でも最高のコンディションだった。
 雲ひとつない満天の星空には、月の船が浮かんでいる。後ろからなでられるようなそよ風を受けて、何のストレスもなくヨットはすーっと前へ進んでいく。あれ以上の航海日和は体験したことがないくらい素晴らしい夜だった。ヨットには6、7人が乗っていたが、みんな大感激していた。

 足摺岬に船を入れて一泊した翌日は、室戸岬の沖合を越え、那智勝浦に向かうことにした。土佐清水で昼食のおにぎりをたくさん買い込み、みんなでヨットに乗り込んだ。
 この日も晴天だ。快適なヨットの旅は至極順調に思えた。

 昼になって、僕はおにぎりを食べると、梅干しの種を口からぷっと海に向かって飛ばした。
 すると、友人のKくんが、
「光司さん、海に種を捨てちゃだめですよ!」
 とあわてて言ってきた。
「なんでだよ」
僕も言い伝えは知っていたが、いたずら心で言い返した。
「梅干しの種を捨てると、海が荒れます」
「そんなわけないだろ。ほら、お前も種をよこせ」
僕はみんなの梅干しの種を集めて舳先に並べた。
 ピーン、ピーン、ピーン。
 種のひとつひとつを、海に向かって指ではじき飛ばしていった。
 「もう! やめろって言ってるじゃないですか!」
 そんな僕らのやり取りに、みんなが笑っていた。

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鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。

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