よみタイ

寿木けい「土を編む日々」

第26回 恋人坂のアスパラガス

 走りのアスパラガスのおいしさを、私は喜多方で知った。喜多方ラーメンで有名な福島県喜多方市である。
 2年前のゴールデンウィークに、私たち家族はキャンピングカーで北を目指した。奥日光を抜けて中禅寺湖で一泊し、それから湯西川、下郷、喜多方へ。海かと見紛う猪苗代湖畔で眠ったあとは、奥久慈を経て最終目的地の益子へという、5日間の旅だった。
 旅の中盤、目的のひとつであった喜多方ラーメンを食べて満たされた私たちは、「恋人坂」という景勝へ寄ってみることにした。うんざりするほどの田んぼに囲まれて育ったのに、旅先に田んぼの景色があれば見ずにはいられない。
 坂の上に車を停めて立つ。視線の先には飯豊連峰の稜線が横切り、眼下には会津盆地が広がっていた。一本道の両側には、水を湛えた水田が、鋭利な刃物で切り分けた水羊羹のように連なっている。坂を真っ赤に染めながら溶けなじむ夕日を求め、多くのひとがこの場所に集まる。最初にこの眺めを見つけたひとは、幸運で胸がいっぱいになっただろう。
 夕日まで待つかどうか迷っていたそのとき、ふと、視界の隅にちらちら動く人影があった。大声を出せば届くような距離で、背をかがめて何かをしている。
 土からひょろっとのびた鉛筆を、一本一本摘み取っているそのひとが、アスパラガスを収穫しているのだと気がつくのに少しかかった。
 なんと繊細な、気が遠くなりそうな悠久とした手つきだろう。大海でひとり、砂を拾っている姿を眺めるような途方のなさを思った。
 そうして収穫されたアスパラガスを、直売所で買って帰った。キャンピングカーに戻り、網にのせて炙っただけのアスパラガスのみずみずしくて甘いこと。その土地でとれた食材を、その場で料理する。好きな場所に車を停めてその日の宿にしてしまえる、キャンピングカーの醍醐味だ。
 この週末、東京の家に会津のアスパラガスがやってくる。箱をあける。整列した薄緑が飛び込んでくる。宝石など目ではない、息をのむ美しさ。よくぞご無事でここまで。この瞬間を思うだけで、今日一日を乗り切ってみせると思える。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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