よみタイ

手塚治虫文化賞受賞記念! エッセイスト・酒井順子さんが読む『妻が口をきいてくれません』

野原広子さんが、すれ違う夫婦の姿をリアルに描いた『妻が口をきいてくれません』。
「よみタイ」連載時には累計3000万PVを突破、描き下ろしを加えて昨年11月に発売された単行本は、たちまち大幅増刷!
テレビなど、メディアでも多数取り上げられ話題となっています。

夫婦の問題を深く掘り下げる“問題作”として注目を集める本作が、この度、手塚治虫文化賞・短編賞を受賞!!
受賞を記念して、『負け犬の遠吠え』『家族終了』などで知られるエッセイストの酒井順子さんから書評をいただきました。

コミュニケーションの断絶は妻の「叫び」

 三十代半ばの、負け犬盛りだった頃。既婚子持ちの友人が、
「毎朝ダンナが会社に行く度に、『交通事故で死ねばいいのに』って思ってる。でも、毎日帰ってきちゃうんだよね……」
 と言うのを聞いて、驚いたことがあります。
「ダンナだけ突然いなくなって、私は夫に先立たれた可哀想な妻になれるって、最高じゃない?」
 という彼女のつぶやきに、私は「負け犬生活も大変だが、結婚したらしたで、その先には地獄が待っている、のかもしれない」と思ったことでした。
『妻が口をきいてくれません』は、二人の子供を持つとある夫婦の物語ですが、妻・美咲が夫へのイラつきを募らせ、
「雷に打たれて死ね」
 と思うシーンには、多くの女性が深くうなずいたことでしょう。殺したいほど激しく愛しているわけではない。ただ、死んでほしい。……そんな気持ちを抱きながらも、諸般の事情から一緒に住み続ける夫婦が日本にどれほど多いかを、本書のヒットは示します。
 妻は、夫への絶望を、「何も語らない」ことで表現します。当然ながら、肉体的な接触も拒否。コミュニケーションを断絶することが、彼女の「叫び」なのです。しかし夫は、妻の沈黙が、彼女のSOSであり「私を見て」という叫びであることに気づかず、そのすれ違いがさらなる沈黙を呼ぶ……。

夫の背中を見て、妻は心の中で叫ぶ。
夫の背中を見て、妻は心の中で叫ぶ。

 本書に登場する夫婦もそうですが、子供が生まれた途端に呼び方が「パパ」と「ママ」になる夫婦像に、私はかねて疑問を抱いておりました。夫婦は「パパ」「ママ」(もしくは「お父さん」「お母さん」)と呼び合うことによって、自ら、家庭内で「男」と「女」であることから、降りている。降りていながら、「男」と「女」として扱われることを相手に求め続け、絶望している。それは、自分の首を自分で締めるようなものではないのか、と。
 さらに我々は、自分の心情を言葉にすることが得意ではありません。下手に言葉にして波風を立てることを嫌うし、言葉にせずとも「察する」ことがよい、とされているのです。
「パパ」「ママ」と呼び合いながら、気持ちは表現せずに「察して」と思い合う、日本の夫婦。世の中が大きく変化する中でも、家庭内ではその図式が驚くほど変わっておらず、そして夫婦のどちらかが我慢することによって保たれてきたその図式がそろそろ限界であるという事実を、本書は明らかにしました。コミュニケーションに伴う面倒臭さを家庭内に持ち込まなくてはならない時が日本にやってきたのでは、と思わせるのです。
 機嫌によっては数ヶ月単位で口をきかなくなる父のもとに私は育ちましたが、コミュニケーションの拒否は、子供にとっては一種の暴力。今となっては、あの沈黙は父にとっての一種の叫びであったことも理解できるのですが、その沈黙の意味を「察しろ」というのも子供には無体な話です。沈黙の意味を明らかにしてくれる本書が、会話なき日本の家庭を減らしてくれることを、切望します。 
 

第25回 手塚治虫文化賞・短編賞受賞!

第25回手塚治虫文化賞・短編賞受賞作!
FRIDAYデジタル婦人公論.jp文春オンラインダ・ヴィンチニュースレタスクラブニュースなど、各メディアでも反響続々。

コミックス『妻が口をきいてくれません』の詳細はこちらから
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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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