よみタイ

寿木けい「土を編む日々」
春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。
季節の野菜は、売り場で目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところです。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、文庫化された『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを、「暮らしの手帖」などの写真が好評の砺波周平さんの撮影で紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。

第25回 八百屋の貸し

 年が明けると蝋梅ろうばいが咲く。寒さの底で一番乗りに黄色い花をつけ、冷たいバスルームに置かれた石鹸の香りを放つ。どこか日本のものではないような、不思議と西洋を感じさせる香りである。
 蝋梅のあとは、沈丁花じんちょうげ。まずその香りで足を止めさせる点では、秋の金木犀きんもくせいに並ぶ。
 同じ頃、2階の和室の窓から顔を出すと、隣家の庭の木蓮もくれんに手が届く。蓮の花に似た丸っこい花が空を向く姿に、このままずっと枝にしがみついていてくれたらいいと思う。
 しかし気を遣ってくださったのか、ある日、枝がバッサリ切り落とされていた。いつの間に園芸屋さんがきたのだろう、ツツジやハナミズキなど他の木々までずいぶん低くオーバーホールされて、勝手に眺めを分けてもらっていた眼には寒々しく映った。
 春の花の香りは、瑞兆ずいちょうを運んでくる気がする。花を見て悠々自適に暮らせたらいいのだろうが、私の年齢ではまだ早い。春だから何かいいことが起きると考えるのは、あまりに鈍い気がして、やらなければならないことやスケジュールを確認する。春が美しすぎると、不安になる。香りに急かされて、働きたくてたまらなくなるのだ。

 食卓にも香りが溢れる。太陽の光を蓄えたふきとうや、こごみ、ゼンマイ。せりや、たらの芽。書いているだけでよだれが溜まってくるのは、あのほろ苦さを思ってのこと。
 なかでも、一番は竹の子だ。桜と交代に、旬がやってくる。
 気温が高くなるにつれて、菜種梅雨の水気を含んだ竹の子が生長をはじめる。竹林が水分を溜める真夜中は、子もゆっくり休む。養分をめいっぱい蓄え、さあ、これから伸びるまさにそのときを狙って、うんと早い朝に収穫しなくてはならない。

 神奈川の郊外に暮らしていた頃、家の前に竹林があった。遮るものがない恵まれた立地で、小川が流れ、夏は蛍がやってきた。
 今年もそろそろ──と思ってのんびりしていると、もう、出遅れる。朝、気配がして外を見ると、背中の籠を竹の子でいっぱいにした男女の集団が、駅とは逆のほうへ早足で去っていく。私と目が合うと、みな一様に逸らして。ひとつくらい残しておいてくれても良さそうなものだが、掘り起こされた地面はでこぼこに乱れ、地団駄だって踏めやしない。
 掘りたてをその場で焼いて皮をひらいたら、どんな香りがしただろう。来年こそ、あの一味より先にと小鼻を膨らませるのだが、結局、一度も彼らを出し抜けないまま東京に越してしまった。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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