よみタイ

寿木けい「土を編む日々」
春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。
季節の野菜は、売り場で目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところです。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、文庫化された『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを、「暮らしの手帖」などの写真が好評の砺波周平さんの撮影で紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。

第24回 リゾットと東京

 リゾットには東京への憧れが詰まっている。
 私が大学生だった20世紀最後の数年は、すでにイタ飯ブームが到来したあとだった。しかし東京は飽きずにイタリアンが好きであり続け、21世紀に入っても着々と居心地のよいレストランが生まれた。イタリアンは手が届く憧れだった。
 恵比寿に「イル・ボッカローネ」という店がある。半分に割った重さ数十キロのパルミジャーノ・レッジャーノを大胆にも調理器具として使い、そこに熱々のリゾットを入れ、チーズの壁を溶かして仕上げたリゾット・パルミジャーノが話題になり、あっという間にコピーが出回った。
 2000年に就職活動をしていた私は、同級生が大手広告代理店の男たちに、OB訪問と称してこのリゾットをご馳走になったと吹聴していたことを思い出す。そんな夢のような食べ物があるなんて、信じられなかった。 
 広告代理店とは縁のなかった私は、働きはじめてからいろんなレストランへ通うようになった。パスタもいいけれど、好きなのは断然リゾットだ。

 米の扱いには慣れているはずだ。それなのに、記念日などに自宅でリゾットを作っても、うまくできた手応えがあまりなかった。
 苦節何年かで分かったことだが、まず、凝った具材を複数入れすぎだった。それから、失敗が怖くて何度もかき混ぜてみたりして、結果、ベタっとした仕上がりになってしまうことが多かった。炊くというより、茹でる感覚で勝手にうまくなるのを待ったほうが、リゾットはおいしくなる気がする。
 日本人にとってのおかゆや雑煮みたいなものだから、見栄を張らないのが一番。季節の野菜で、加熱によって旨味が増すもの──例えばカリフラワーなんか、ぴったりだ。贅沢に丸ごと使い切る。
 カリフラワーは包丁を入れず、指先でつぼみをむしるようにしてほぐす。大きさはポップコーンを目安に。包丁で切ってしまうと、鋭い角ばかりが立ち、ざらりとした舌触りになってしまう。少し面倒だけれど、違いは明らか。だから必ず、手で。合わせるのは八角の香り。厚みがあってクリーミーなカリフラワーに、エキゾチックな八角で一本芯を通す。
 油で八角の香りを引き出し、米とカリフラワーを炒めたら、湯を注いで煮るだけ。仕上げにフルール・ド・セルや粗塩などを散らすと、メリハリがつく。形をなくす寸前のカリフラワーが、ナッツのような香りを発して米と絡み合い、ちょっと驚くくらいのご馳走である。
 イタリアでは、南の人は小麦を使ったものをよく食べるが、北の人はお米を好む。
 北イタリアのパダーナ平野は、ポー川の豊かな水に恵まれ、古くから稲作が盛んだった。そのひとつの側面を描いた映画が『にがい米』(ジュゼッペ・デ・サンティス監督/1948年)だ。
「労働は過酷です。素早く田植えを片付けた同じ手で、女たちは裁縫も育児もこなします」
 ラジオ中継のナレーションから、映画はスタートする。
 物語の舞台は5月のとある駅。汽車から吐き出された女性たちが、水田を目指して歩き出す。農婦、タイピスト、工員。さまざまな職業の、さまざまな年齢の女性たちが、出稼ぎにやってきたのだ。
 そんな女たちの群れに、警察に追われた男女が身を隠す。盗みを働いたワルテルと、その情婦のフランチェスカだ。しかし、シルヴァーナという女と出会ったことで、物語は思わぬ展開へと進んでいく。
 どっぷり水をたたえたライスフィールドと、照りつける太陽。その下で、ひざまで水に浸かって重労働に耐える女たちの見事な太ももが、画面を埋め尽くす。
 友情、虚栄心、裏切り。米の強奪、拳銃。夜のダンス、妖しい歌声──エンターテイメント要素が満載だが、時代背景と手法を見れば、間違いなく社会派に分類される映画だ。しかし日本での公開(1952年)に際し、松竹はこの映画にポルノの香りをまとわせて宣伝した。それは、シルヴァーナを演じたのちの大女優、シルヴァーナ・マンガーノの、はちきれんばかりの肢体の魅力によるものだ。
 侵略してきた女とは、本来いるべきではない場所で幸せになろうとする女──デザイナーで作家のソニア・リキエルはこう書いた。女たちにどんな結末が待っているのかは、ぜひ映画で。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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