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酒井順子「言葉のあとさき」
時代が変われば言葉も変わる。
そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。
かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。
言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。
近代史、古文に精通する酒井順子氏ならではの冴えわたる日本語分析。

「You」に胸キュン

言葉のあとさき 第17回

 YouTubeで一九八〇年代のナツメロを流しながら単純作業に勤しんでいた、ある時の私。聴きながら思ったのは、その時代と今とでは、ラブソングにおける二人称がずいぶん違うということでした。
 それは、男性歌手の歌において顕著な現象です。私がティーンであったその時代に人気だった男性歌手達はしばしば、歌の中で女性のことを「おまえ」と呼んでいるのです。
 沢田研二、世良公則&ツイスト、チェッカーズにサザンオールスターズといったロック系の人達は、芸風からして「おまえ」と言いがち。フォーク、ニューミュージック系の松山千春、さだまさしも「おまえ」と歌う。のみならず、ジャニーズの田原俊彦(当時はジャニーズ事務所所属)も近藤真彦も少年隊も、「おまえ」に躊躇しません。
 しかし「おまえ」って久しぶりに聞く言葉だなぁ。……と、私はそれらの歌を聴きながら思っていました。「おまえ」は死語ではありませんが、今耳にするとしたら、体育会的な集団においてとか、学生時代からの気のおけない男同士が集まった現場くらいではないか。
 しかし八〇年代、「おまえ」は恋愛の場面で使用されていました。歌における「おまえ」の頻出ぶりを見ると、「おまえ」と呼ばれたがっていた女性が、かなりのボリュームで存在していたようなのです。
 今、男が女のことを「おまえ」と呼ぶラブソングは、成立しづらいことでしょう。「おまえ」は、自分よりも下位もしくは同等の相手に対して使用する言葉であり、乱暴かつ雑な響きを持っています。今、女を「おまえ」と呼ぶことができるのは、男が主で女が従という感覚が残る演歌の世界くらいであり、米津玄師やヒゲダンやGReeeeNの歌の中で「おまえ」が使用されたら、かなりの違和感があるのではないか。
 世良公則&ツイストの「あんたのバラード」という歌では、さらに興味深い二人称を採集しました。この歌では、恋に破れた女が男に語りかけているのですが、歌のタイトルにもあるように、女は男に「あんた」と呼びかけているのです。
 「あんた」というのも聞かなくなった言葉であることよ、と思った私。「あなた」の蓮っ葉バージョンでありカジュアルバージョンである「あんた」は、方言などで使用される地はあれど、歌詞の世界で見ることはとんとなくなっています。
「あんた」
「おまえ」
 と呼び合うカップルを想像してみるならば、ハクいスケとヤンキー的な感じで、その昭和のかほりが懐かしくて、鼻の奥がつんとしてくる。
「おまえ」が多出する昭和の歌謡曲からは、この時代の男と女の関係性が伝わってきます。「おまえ」ソングを歌っているのは、女性ファンにキャーキャー言われる人気者達でした。
「おまえ」ソングの担い手は、男臭くマッチョなキャラクター、もしくはそのようなキャラクターを演出したい男性達だったのです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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