よみタイ

寿木けい「土を編む日々」
春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。
季節の野菜は、売り場で目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところです。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、文庫化された『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを、「暮らしの手帖」などの写真が好評の砺波周平さんの撮影で紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。

第26回 恋人坂のアスパラガス

 子どもがなかなか野菜──なかでも緑色の──を食べてくれないというのは、食事を作る役割を負ったひとに共通する悩みだと思う。
 私は、紆余曲折あって、無理に食べなくてもいい派。いやなものはいやなのだから、今は仕方ない。自分の子ども時代を思い返してみれば、3月の菜の花のおいしさを知らなかったし、5月のアスパラガスを楽しみに待ったこともない。子どもの舌は敏感さが先立ち、未熟なのだ。グルメ情報が詰め込まれた大人のように、頭で味わうということもしない。

 今は食べなくても構わない。私がこう考えるようになったのは、小さな嘘がきっかけだった。
 食卓に野菜たっぷりのスープやおかずを並べると、子どもはご飯とメインのおかずだけを食ベて、「ちょっとおなかが痛いかも」と言ってごちそうさまをするようになった。はじめは心配していたのだけれど、毎回必ず緑色の野菜だけが残っていることに気がついた。
 本当におなかが痛いのか、それとも、食べたくないだけの言い訳なのか。毎日おなかが痛いのなら、そっちのほうが問題だ。病院に連れて行かなくては。
 要らない嘘をつかれるのだけはお母さんはいやだよと伝えたら、緑のはあんまり好きじゃないと白状した。それでも私はお供え物だと思いながら、なにかしら緑の野菜を使った料理をテーブルに置く。まず、私が食べたいから。子どももいつか、うっかり食べてくれればいい。子どもと緑の和解の瞬間を見届けるのはこれからだ。そのためなら、工夫していろんなものを作ってみたい。

 5月、アスパラガスが旬を迎える。
 緑のポッキーはおいしいなぁと言いながら、子どもの気を引こうとしたこともあったけれど、なかなかうまくいかなかった。
 11年続けてきたツイート「きょうの140字ごはん」の過去ログを見てみたら、驚くほどたくさんのアスパラ料理を作っていた。炊き込みごはん、ゆでて目玉焼きをのせたもの、かき玉汁、生ハムと一緒にちらし寿司にしたもの、肉巻きなどなど。
 なかでも気に入っているのは、昆布のねばねばの衣をまとったアスパラガス。昆布は水をかけてふやかし、細く刻む。アスパラガスはさっと茹でる。昆布、アスパラガス、塩を混ぜて一晩置くだけのレシピなのだが、うまみの塩の膜をまとったアスパラのおいしいこと。
 昆布もアスパラガスも、ともにアスパラギン酸を含んでいることが後になって分かった。理屈に先んじて食材同士が導いてくれた相性の良さに、料理本を手放すことの面白さを改めて知る。子どもにこのおいしさはまだ分からないことだけが、難点である。

 同じ「うまみ」なら、ベーコンやハムのうまみを借りたらどうか。そうピンときて作ってみたのが今回のレシピ。これが、ビンゴだった。
 フライパンでベーコンのみじん切りを炒め、水分が飛んでうまみが凝縮されたところに、パン粉を加える。カリカリに炒まったら、いったん取り出す。
 フライパンを洗わずに、続けてアスパラガスを焼く。アスパラガスは根元から3分の1の硬い部分の皮をむいておく。油を熱し、フライパンのサイズによるけれど、できるだけ長いまま並べて塩を振る。あまりいじくると水分が出てきてしまうから、弱火でじっくり、時間をかけて焼く。いちどひっくり返すくらいで十分だ。
 皿に盛ったアスパラガスにベーコンとパン粉をのせ、ゆで卵を添えて出来上がり。手をよく洗い、片手にフォークを、もう片方はじかにアスパラガスをつまみ上げ(行儀が悪いのは承知)、全ての具材を好きなように混ぜてアスパラガスですくって食べたりもする。パン粉のさくさくした食感と、ベーコンのほのかな塩み。子どもは腹痛の申告などなかったような顔をして、お代わりをする。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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