2020.10.19
第14回 香りを喰む
私の家にも、もう何年も市販のドレッシングがない。
サラダを作るときには、いくつかの調味料と季節の柑橘類を見繕い、野菜にかけて、指か菜箸で和える。この小松菜のサラダは、どこか木の実のような甘い香りとほろ苦さが、ただもう、うれしい。栄養価の高さや、ビタミンCと一緒に摂ると吸収率がどうのという話は、あとから頭で味わう情報のひとつだ。
小松菜はペパーミントと「おしゃべりをしている」という説がある。
東京理科大学・有村源一郎准教授のチームが、ペパーミントを小松菜の近くに植えると、虫がつきにくくなるという研究結果を2018年に発表した。
ペパーミントは小松菜に「害虫がきたよ、気を付けて」という情報を伝え、小松菜はペパーミントの香りを感知すると、害虫が自分を食べにきたと思い込み、害虫がお腹を壊すタンパク質を生成しはじめる。ペパーミントのおしゃべりを、小松菜がキャッチするというわけだ。このやりとりは、「立ち聞き」(英語ではeavesdrop)と呼ばれるれっきとした科学用語なのだ。
小松菜を助けたペパーミントにはメリットはなく、得をするのは小松菜だけ。淘汰の激しい自然界でも、どちらか片方だけが得をする関係性というものは実際にいくつもみられるという。
試しにうちでも、小松菜の隣にペパーミントの鉢を置いてみた。葉には虫に喰まれた跡はなく、確かに前年より立派である。香りと味わいはまだまだプロによる栽培のようにはいかず、どちらかというとクレソンのようだが、それでも清涼な苦みをまとっている。
小松菜はどうやってペパーミントの声をつかまえたのか。
ペパーミントはなぜ小松菜に見返りを求めないのか。
ひととひとの照らし方、照らされ方と同じように、野菜の生きざまもまた不思議なものである。