季節のものは、売り場でも目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところ。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。
2020.8.3
第9回 こんなものしかないけれど

自宅にひとを招くときの肝は、はじまりと終わりにあるのではないか。
お酒が好きなひとならなおさら、乾杯に合わせたひと口めが何よりの楽しみだ。ここでぐずぐずと何も出てこないと、喉と指先が疼いて心もとない。
パリの郊外に暮らすあるデザイナーは、インタビューでこう答えていた。
「お客様がある日は、庭から摘んできた無花果にチーズを添えてお出しします」
お酒はもちろん、冷えたシャンパーニュ。贅肉とは無縁の立ち姿は、この暮らしあってのものなのだろう。
庭から果物を調達することはできないけれど、代わりに私が用意するのは、人数×400ccの一番だしだ。ここに旬の食材を掛け合わせれば、おいしさの方程式は解ける。
春なら、絹さやそら豆なんかをだしでさっと煮たものをまず食べてもらう。
夏は冷たい茶碗蒸し。とうもろこしのすり流しもいい。
秋はきのこ。二、三種類をだしで煮て薄口醤油で味を付け、菊花を添える。
冬は小さな餅を焼いてだしをかけ、海苔を散らす。温かいものでまずおなかを落ち着けると、案外喜ばれるものだ。
残りのだしは締めに取っておく。味噌汁、煮麺、だし茶漬け──何を作るかはそのとき任せ。いずれも、だしを支えにして旬を味わう、私なりのおもてなしだ。
なんのことはない、いつもより丁寧にだしをひき、あとは旬の食材を少し奮発して買ってくるだけ。食卓の延長線上にあるメニューだから、レシピ本をひっくり返して大騒ぎすることもない。
何年か前のこと、結婚したばかりの先輩の家に招かれたことがあった。
先輩の伴侶となったひとは、有名な料理研究家の教室に何年も通っているという。四季をふんだんに取り入れることで知られた料理家の味を分けてもらえると思うと、手土産のワインを選ぶ財布の紐もついゆるんでしまった。
ワインを飲みながら、料理を待つ。しかし待てど暮らせど出てこない。伴侶さんもキッチンに引っ込んだままだ。
ずいぶん長く感じられた時間を経て大皿で出されたのは、豆と挽き肉をトマトソースで煮たスパイシーな料理。チリコンカンという名前であることを、先輩の説明で初めて知った。そのあとに出されたサラダを見て、このセロリに塩でも添えて、最初に出してくれたら良かったのにと思った。
では、ホストとしての私はどうかというと、背筋を伸ばしていられるのは九十分が限界。あとは酔ってしまって、あまり使いものにならない。
しかし、料理が面白いのはここからだ。
空になった冷蔵庫におでこを突っ込んで、
「こんなものしかないけど」
こう言い訳しながらの料理ほど、ざっくばらんで楽なものはない。
こんなとき、手のほうがずっと冴えている。野菜の切り方を工夫してみたり、意外な調味料を組み合わせたりして、頭脳より率先して即興をはじめてしまうところがある。毎日生活を仕切っている手には、段取りが染みついているのかもしれない、
「へべれけでも、ちゃんと料理できるもんだねぇ」
呆れているのか面白がっているのか、友人が口を揃える。