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父の死と、「さみしさという遺産」―今年、私は父の年齢を超える

翻訳家の村井理子さんによるエッセイ『兄の終い』。 実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いた話題作です。 『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』など、多くの翻訳を手掛ける村井さんが琵琶湖畔に暮らして、今年で15年になりました。 夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と送る賑やかな毎日―。 古今東西の書籍にふれた村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。 人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

 父が四十九歳で亡くなったのは、今から三十年前のことだ。亡くなる前年、親元から離れ海外で暮らしていた私に母が、父の体調が優れないのだと連絡してきた。数か月後に帰国することはすでに決まっていた。はやる気持ちを抑え、異国での最後の日々を過ごして帰国した。当日、空港に迎えに来てくれているはずの父を約束の場所で探したものの、一向に見つからない。私は当時十九歳で、たった一人で飛行機を乗り継ぎ帰国する勇気はあったというのに、そこに父の姿が見えないというだけで、胸が苦しくなるほど悲しく、泣きそうになった。もしかしたら違う国に辿りついてしまったのかもしれないと不安で仕方がなくなったそのとき、とても痩せた男性が、同じ場所で誰かを探していることに気づいた。それが父だとわかるのに、しばらく時間がかかった。父の方はと言えば、私が以前に比べ、あまりにも体重を増やして帰国したために実の娘だとわからず、困惑した様子だった。私と父は、ようやく互いに気づき、驚きの表情で見つめ合いながら、「太ったなあ!」「痩せたねえ!」と言い合った。なんとなく照れくさい気持ちを隠しながら、私たちは父の白いセダンに乗り、故郷まで何時間もかけてゆっくりと戻った。車中、異国での思い出話を披露すると、父は上機嫌で笑顔になった。痩せてシワだらけになってしまったその笑顔を見ながら、病院に行ったのかと聞く私に、父は何も心配するなと言った。

 私と父は昔からうまが合った。父は私を溺愛していたし、どこへでも連れて行き、なんでも買ってくれた。家のなかでは、母と兄がなにかにつけて意見が合い、父と私が常に行動を共にしていた。根っからの変わり者だった父は、社会人としては失格だったのだと思う。勤めていた職場では、出勤するよりも、欠勤していることの方が多かった。夕方になるとゴルフの打ちっぱなしに行き、思い切り打ったあとは飲みに行き、へべれけに酔って帰宅するのが日常だった。そんなこんなで、父と母は頻繁にケンカをしていたし、同居していた母方の祖母は、そんな父を毛嫌いしていた。でも私は、そんなダメ男の父が好きだった。父はいつでも私に珍しいものを買って持って帰ってきてくれた。発売されたばかりのステレオ、タイプライター、ワープロ。父が私のために持ち帰るものはすべて、私にとって宝ものになった。

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村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』など。主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『射精責任』など。

X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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