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寿木けい「土を編む日々」

第3回 緑を探すひと

 桃の節句から少し経った頃、私は小さな非日常を求めて四時間だけの旅をした。
 天気のよい土曜を選び、私たち家族は朝早く車で出発した。首都高を抜け、アクアラインを渡って着いた先は、千葉の鹿野山九十九谷かのうざんくじゅうくたに。幾重にも連なる上総かずさ丘陵が、朝日を浴びて薄桃色に染まっていた。誰もいない公園で、久々に大きく息を吸って伸びをした。
 サンドイッチを並べて朝食の準備をしていると、夫が何かを見つけた様子でふらりと歩き出した。腰をかがめて土に見入り、息子がそのあとを追いかけ、ふたつの背中が並んだ。
 草やら花やらで溢れかえった公園から夫が探し出したのは、野蒜のびるだった。引きぬいて根の匂いをかぎ、次に指先の匂いをかぎ、ふたりで笑い転げている。息子が小さな手に野蒜を握り、いくつかは指の間から落としながら、
「ママー、くさいのあったよ!」
 と、かけ寄ってきた。
 強くなりはじめた日差しをおでこに受けながら、私は六年前と同じように置いてけぼりをくった気分だった。私には食べられる草を探し出す力が欠けていた。受け継いだはずなのに、失くしたのだ。

 ふと気がつくと、いつからいたのかバイク乗りの初老の男性が私たちを見て笑っていた。いつもなら「野蒜が植わってるんです」と話しかけてしまうけれど、この時期にかぎっては、距離を保ったまま互いに会釈をして別れた。
 あの人も、見つけられる側の人ではなかったか。指先の匂いを知っている人ではなかったか。そう思うと、風に揺れる緑が、年齢も性別も、言葉までも越え、それぞれの胸にある思い出をかき鳴らす弦のように感じられるのだった。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で11万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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